「富岳」で宇宙ニュートリノの高精度シミュレーションに成功

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スーパーコンピューター「富岳」で初期宇宙のニュートリノの大規模シミュレーションを行った計算が「ゴードン・ベル賞」の最終候補に選出された。

【2021年11月4日 筑波大学計算科学研究センター

宇宙には138億年前のビッグバンで作られた大量のニュートリノが現在も存在すると考えられていて、「原始ニュートリノ」や「宇宙背景ニュートリノ」と呼ばれている。

ニュートリノはきわめて軽いが質量を持つため、銀河や銀河団が形づくる「宇宙の大規模構造」ができた過程にも影響を与えたと考えられている。また、大規模構造の精密な観測データを集めれば、そこに残された痕跡からニュートリノの正確な質量に制限を付けられる可能性もある。

宇宙の大規模構造
銀河の大規模サーベイ観測「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ (SDSS)」で得られた、地球(円の中心)から約19億光年までの範囲の銀河の分布。銀河がフィラメント状に集まる部分やほとんど存在しない部分があり、こうした大きな構造を「宇宙の大規模構造」と呼ぶ。左右の黒い扇形の部分は前景の天の川銀河の影響で観測できない方向(提供:M. Blanton and SDSS / CC BY 4.0)

近年、初期宇宙の構造形成シミュレーションの際に、大規模構造のもととなったダークマターの密度ゆらぎにニュートリノとの相互作用を加えて計算が行われてるようになっている。しかし、これまでのシミュレーションにはいくつか困難があった。

これまでのシミュレーションでは、ダークマターとニュートリノをたくさんの粒子で表現してその運動を追跡する「N体シミュレーション」という手法がよく使われてきた。この手法では、連続的に分布しているダークマターやニュートリノを限られた数の粒子で表すことになり、粒子がまばらな部分のデータにどうしてもノイズ(ショットノイズ)が生じてしまう。

また、密度ゆらぎが成長しつつあった時代のニュートリノは、ダークマターに比べてずっと温度が高い(=速度のばらつきが大きい)ため、速く運動しているニュートリノがダークマターとの間でエネルギーをやり取りして、小さいスケールの密度ゆらぎがならされたはずだ(この効果は「無衝突減衰」と呼ばれる)。しかし、N体シミュレーションではこの効果をうまく再現できない欠点があった。

筑波大学計算科学研究センターの吉川耕司さんたちの研究チームは、これらの問題を克服するために、ニュートリノの大集団の振る舞いを表す「ブラソフ方程式(無衝突ボルツマン方程式)」という基礎方程式を数値的に直接解くというシミュレーションを行った。

ダークマターとニュートリノの分布
研究チームのシミュレーションで得られたダークマター(上)とニュートリノ(下)の分布。色が明るい部分ほど密度が高いことを表す。ダークマターは約3000億個の粒子を使ったN体シミュレーションによるもの。最も広い右の図は約55億9000万光年の範囲を示す。画像クリックで表示拡大(提供:Yoshikawa et al. 2021)

これは、空間3次元+速度3次元の計6次元からなる「位相空間」という仮想的な空間をたくさんのます目(メッシュ)に分け、この位相空間の中でニュートリノの集団の流れをスーパーコンピューターで計算するというものだ。この方法は粒子を使わないのでショットノイズが発生せず、正確なシミュレーションを行える反面、膨大な数のメッシュで計算を行うため、きわめて高い計算速度と巨大なメモリ容量を持つスーパーコンピューターが必要になる。

吉川さんたちは、ブラソフ方程式を高精度かつ少ない演算量で解くプログラムを新たに開発し(参照:「宇宙空間におけるニュートリノの運動の高精度シミュレーションに成功」)、世界最高性能を持つ理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」でこれを実行できるように最適化した。

その結果、「富岳」の全CPU(計算ノード)の93%にあたる147,456ノードを使い、約400兆個の位相空間メッシュ上でニュートリノの振る舞いをシミュレーションすることに成功した。計算速度は中国のスーパーコンピューター「天河二号 (Tianhe-2)」で過去に行われた同規模の計算に比べて約10倍高速になったという。また、複数のノードに計算を振り分ける並列化の効率も最大96%という高い値を達成した。

吉川さんたちの論文は、科学技術分野の超高速計算で最も高い性能を実現した論文に贈られる「ゴードン・ベル賞」の2021年の最終候補に選ばれている。他に5チームの論文が最終候補に残っており、今月13~19日に開催される高性能コンピューティングの国際会議「SC21」において18日に受賞チームが発表される予定だ。

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