宇宙背景放射からダークマター分布を調査、「宇宙論の危機」回避なるか

このエントリーをはてなブックマークに追加
近年、遠方銀河の観測から求めたダークマターの分布が、標準的な宇宙論と矛盾することが指摘されていた。今回、遠方銀河ではなく宇宙背景放射の観測から分布を調べたところ、矛盾しない結果が得られたことが発表された。

【2023年5月9日 カブリIPMU

宇宙の物質の約85%は正体不明のダークマター(暗黒物質)とされる。ダークマターは質量を持っているものの、光をはじめとする電磁波と相互作用しないため、直接観測することができない。そこで、ダークマターの分布を推測するには、遠方の天体からの光が手前に存在するダークマターの重力によって曲げられることで、天体の像が歪んだり増光したりする「重力レンズ効果」が利用される。

ダークマターの分布からは、銀河同士をつないで網の目状に広がる「宇宙の大規模構造」がどのように成長してきたのかなど、宇宙の成り立ちに迫ることができる。これまでの観測研究では、主に銀河や銀河団の形状を分析することで分布が調べられてきた。

一方、英・ケンブリッジ大学のNiall MacCrannさんたちの研究チームは、ビッグバン直後の熱放射の名残である「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」が重力レンズによって歪んだ度合いを調べることで、ダークマターの分布を求めた。MacCrannさんたちはチリのアタカマ宇宙論望遠鏡(ACT)で2017年から2021年にかけてCMBを観測した結果を解析し、全天の約4分の1をカバーするダークマターの分布図を作成した。

アタカマ宇宙論望遠鏡
アタカマ宇宙論望遠鏡(ACT)。中央に電波望遠鏡があり、周囲にある構造物は周囲からのミリ波を防ぐための覆いとして機能している(提供:Mark Devlin)

マイクロ波はCMBだけでなく、私たちの天の川銀河内部や他の銀河など、至るところで放射されている。これら「前景放射」の影響を正確に見積もって取り除かなければ、「背景放射」のデータは得られない。今回は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU) の並河俊弥さんが開発した「バイアスハードニング」と呼ばれる手法により、CMBデータに含まれる前景放射成分が効果的に取り除かれた。

新しいダークマターの分布図
CMBに基づく、新しいダークマターの分布図。オレンジ色はダークマターが多く、紫色はダークマターがほとんど存在しないことを示す。典型的な構造のサイズは数億光年。灰色と白は天文衛星「プランク」が観測した天の川銀河のダストからの光で、CMB観測を妨げている領域を示す(提供:ACT Collaboration)

こうして作成したダークマターの分布図から宇宙の大規模構造の成長過程や最近の宇宙の膨張速度を見積もったところ、一般相対性理論に基づく宇宙の標準理論(標準宇宙論)の予言値と一致する結果が得られた。

最近では、ダークマターの分布が標準宇宙論と矛盾するという研究もあり、一部では「宇宙論の危機」とまで呼ばれていた。だが、CMBの観測から得られた今回の結果は、標準宇宙論が宇宙の進化の過程や膨張速度を上手く記述できていることを示している。MacCrannさんたちは、ダークマターを調べるために銀河や銀河団の光を用いたことが「宇宙論の危機」の原因ではないかと指摘しており、今後それぞれのアプローチからの研究が進展することが期待される。

関連記事