重力レンズ像の「くびれ」から見つかった、謎のダーク天体

このエントリーをはてなブックマークに追加
「アインシュタインリング」と呼ばれる円形の重力レンズ像の乱れから、手前にある謎の「見えない天体」が見つかった。太陽の約100万倍の質量をもつが、正体は不明だ。

【2025年10月14日 マックスプランク天体物理学研究所

ダークマター(暗黒物質)は、質量を持つが光(電磁波)では観測できない謎の物質で、宇宙の全エネルギーの約1/4を占めている。現在私たちが目にする星や銀河がどのように誕生し、進化したかを理解する上で鍵となる物質である。

ダークマターを宇宙の基本材料と考えると、「ダークマターは宇宙の中になめらかに分布しているのか、それともボコボコと塊になっているのか?」という点が非常に重要になる。この疑問が解ければ、ダークマターの正体にも迫れるはずだ。

電磁波では見えないダークマターだが、質量をもち重力は及ぼすので、その重力によって背景の天体から届く光が曲げられる「重力レンズ効果」を利用すると、ダークマターの性質を知ることができる。

独・マックスプランク天体物理学研究所のDevon Powellさんたちの研究グループは、アメリカのグリーンバンク望遠鏡やアメリカ国立電波天文台が運営する「VLBA」、欧州VLBIネットワーク(EVN)など、世界各地の電波望遠鏡やVLBIネットワークを使い、りゅう座の方向にある天体「JVAS B1938+666」のVLBI観測を行った。この天体は、約74億光年彼方(赤方偏移z=0.881)にある楕円銀河によって、より遠い約106億光年彼方(z=2.059)にある電波銀河の像がほぼ円形に変形した重力レンズ像(アインシュタインリング)だ。

JVAS B1938+666
リング状の重力レンズ天体「JVAS B1938+666」。白黒画像は赤外線、カラー画像は電波で得られた画像。今回、リング上の2時方向付近の位置に「見えない天体」が見つかった。2012年には12時方向付近のリング上にも「見えない天体」が発見されている(提供:Keck/EVN/GBT/VLBA)

観測の結果、Powellさんたちは約100万太陽質量の「見えない天体」が、リングにちょうど重なるように存在する確かな証拠を発見した。

JVAS B1938+666では2012年にも、約2億太陽質量の「見えない天体」がリングの別の位置に見つかっていて、中央の楕円銀河に付随した暗い矮小銀河ではないかと考えられている(参照:「自身の質量から発見された、100億光年かなたの暗い矮小銀河」)。今回見つかった天体は、以前見つかった矮小銀河の1/100ほどの質量しかなく、この手法で見つかった「見えない天体」としてはこれまでで最も軽い。

今回Powellさんたちが用いた方法は、重力レンズ像の手前に「見えない天体」があることでリングに生じるわずかな「乱れ」を探すというものだ。そのレンズ像の「乱れ」を検出するため、Powellさんたちは地球規模の口径に相当するVLBIネットワークを使ってレンズ像の電波画像を撮像し、得られた膨大なデータの解析にも新たなモデリング手法を使った。

「最初の高解像度画像から、私たちはすぐにリング像に『くびれ』があるのを見つけました。これは、私たちが良いところに気づいたというまぎれもない兆候でした。私たちと遠方の電波銀河との間に質量の小さな別の塊がない限り、このようなことは起こりません」(蘭・フローニンゲン大学 John McKeanさん)。

見えない天体
リング像の「くびれ」部分の拡大画像。くびれの形状などから計算された「見えない天体」の質量分布が白い点として描かれている。実際には、この「見えない天体」からは可視光線・赤外線・電波はまったく検出されていない(提供:Keck/EVN/GBT/VLBA)

現在の銀河形成理論では、初期宇宙でまず低温のダークマターが重力で集まって構造の種となり、そこに普通の物質が集まって銀河や銀河団などの大きな構造ができていったという「CDMモデル」が信じられている。しかし、CDMモデルに基づいた計算機シミュレーションを行うと、銀河を取り巻くハローの部分に、観測されているよりもたくさんの矮小銀河ができすぎてしまうという「サブハロー問題」が知られている。

今回見つかったような小質量の「見えない天体」がたくさん存在すれば、この矛盾を解決できるかもしれない。「私たちのデータの感度をもってすれば、少なくとも1個は『見えない天体』を検出できるだろうと予想していました。今回の発見は、銀河がどう形成されるかという理解の大きな基礎となっている、いわゆる『CDMモデル』ともよく合っています。今回1個見つかったことで、今後さらに多くの『見えない天体』が見つかるか、発見数が増えた後もモデルの予測と合うか、という点が現在の新たな疑問となります」(Powellさん)。

研究チームでは「見えない天体」の正体を突き止めるために、さらに解析を進めている。また、小質量の「見えない天体」を同じ手法でさらに見つけられないか、空の他の領域も観測している。もし今後、同様の天体の検出が続き、これらの天体に恒星がまったく含まれていないことがわかれば、ダークマター理論のいくつかは見直しを迫られるかもしれない。

関連記事