太古の火星では水蒸気と雨が生命材料分子の原料供給を左右

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約36~38億年前の火星を対象とした光化学計算と全球気候モデルを組み合わせた解析から、生命材料分子の原料となるホルムアルデヒドの沈着量の分布が可視化され、火星全体で約100倍の地域差が存在していたことが示された。

【2026年10月6日 東京科学大学】

現在の火星は寒冷で乾燥しているが、地形や鉱物の証拠から、約36~38億年前には温暖で湿潤な時期が一時的にあったと考えられている。当時の火星では、二酸化炭素を主成分とする厚い大気に火山活動や隕石衝突などで供給された水素が加わり、温室効果が強まっていたとみられ、北半球の海や各地の湖・河川には生命に必要不可欠な液体の水が存在できた可能性がある。

ゲール・クレーターの過去の想像図と現在の姿
火星のゲール・クレーター。(上)クレーター内に水が存在していた時代の様子の想像図。(下)現在の姿(提供:(上)Evan Williams, with data from the Mars Reconnaissance Orbiter HIRISE project、(下)NASA/JPL-Caltech/ESA/DLR/FU Berlin/MSSS)

生命誕生の可能性を考える上では、液体の水だけでなく、生物を構成する糖やアミノ酸といった生命材料分子がどのように供給されたのかを知ることも重要だ。この点において、ホルムアルデヒド(CH2O)は、水中の化学反応を通じて糖やアミノ酸などの生命材料分子につながり得る重要な物質である。ホルムアルデヒドは大気中の光化学反応で生成され、地表の水中で進む化学反応を通じて糖を含むより複雑な有機物の原料になる。

東京科学大学(研究当時 東北大学)の小山俊吾さんを中心とする研究チームは、温暖だった太古の火星大気がホルムアルデヒドの生成に適していたことや、その炭素同位体の特徴が火星探査で見つかった有機物の特徴を説明できる可能性を示してきた(参照:「太古の火星でホルムアルデヒドが有機物生成に寄与」)。しかし、従来の計算は火星全体を平均した1次元モデルであり、水蒸気や雨の地域差を扱えていなかった。

研究チームは今回、地表温度や水蒸気量、気圧、紫外線の強さを条件として大気中で起こる化学反応を計算し、各分子の密度を求める「光化学計算」を行って、それぞれの条件で生成されるホルムアルデヒドの量を調べた。次に、この計算結果を、惑星全体の大気の流れ、気温、水蒸気、雲、降水などを3次元で計算する太古の火星の全球気候モデルに組み込み、約36~38億年前の温暖な環境を想定して、火星全体のホルムアルデヒドの地表への沈着量の分布を計算した。

その結果、ホルムアルデヒドの地表への沈着量に、火星全体で約100倍の地域差があることが示された。水蒸気が豊富な場所では、水分子が紫外線で分解されることでホルムアルデヒド生成に必要な反応が進み、生成されたホルムアルデヒドは雨に溶け込んで効率よく地表へ運ばれる。この2つの効果が重なることで、北半球の海や、南半球の巨大な衝突盆地であるヘラス盆地など、かつて水が存在した地域で沈着量が多くなることが明らかになった。半球全体で平均すると、北半球の沈着量は南半球の数倍に上る。また、タルシスやエリシウムなどの山岳周辺では、斜面に沿って空気が上昇して降水が生じるため、沈着量は最大で全球平均(年間約5mg/m2)の約10倍に達していた。

単位面積あたりの年間ホルムアルデヒド沈着量の全球分布
太古(約36~38億年前)の火星における、単位面積あたりの年間ホルムアルデヒド沈着量の全球分布を、現在の地形図上に示した図。(×印)火星探査車などの着陸地点(提供:S. Koyama et al.)

今後、モデルが予測する沈着量の多い地域と少ない地域で、古い地層に含まれる有機物の量や炭素同位体の特徴を比較できれば、大気由来のホルムアルデヒドが火星有機物にどの程度寄与したかを検証できるだろう。とくに、湿潤地域に隣接し水が集まって蒸発しやすい盆地は、ホルムアルデヒドが濃縮されて有機物合成が進んだ可能性のある有望な探査対象だ。研究チームは、大気中での化学反応と気候を3次元で直接結び付けたモデルの開発や、地表に届いた有機物の分解・保存過程の実験を進め、太古の火星における化学進化と生命誕生可能性をより詳しく解明することを目指している。