巨大ブラックホールの隣で起こったブラックホール合体

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2019年に観測された風変わりなブラックホール合体現象は、銀河中心ブラックホールを取り巻くガス円盤の中で起こっていたとする研究結果が発表された。

【2022年3月22日 東北大学ニールス・ボーア研究所

2019年5月に米欧の重力波望遠鏡「LIGO」「Virgo」で、ブラックホール連星の合体による重力波が検出された(参照:「観測史上最大のブラックホール合体を重力波で検出」)。このイベント「GW190521」では珍しい特徴がいくつも見つかっている。

まず、合体前のブラックホールの質量が太陽の85倍・66倍と非常に重かった。恒星質量ブラックホールは重い星の超新星爆発で作られるが、理論的には65~120太陽質量のブラックホールはできないとされていて、この2個のブラックホールがどうやってできたのかは謎だ。

また、ブラックホール連星の合体では光などの電磁波は何も出さないと考えられているが、GW190521では突発的な光の放射が観測されている。

さらに不思議なのは、2個のブラックホールの軌道が合体直前まで細長い楕円軌道を保っていたらしい点だ。これもブラックホールの合体では非常に珍しい。「重力波が放出されるとブラックホール同士が近づいて最終的に合体に至るだけでなく、公転軌道が楕円から円にどんどん近づくという基本的な性質があります」(米・コロンビア大学 Zoltan Haimanさん)。

このような特殊な合体が起こりうる環境として、デンマーク・コペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所のJohan Samsingさんたちの研究チームは、超大質量ブラックホールが存在する銀河中心部に着目した。

ほとんどの銀河の中心には、質量が太陽の数百万倍から数十億倍という超大質量ブラックホールがあり、その周囲に巨大なガス円盤があると考えられている。この円盤の中には、巨大ブラックホールに引き寄せられた物質とともにたくさんの恒星質量ブラックホールも存在するはずだ。

巨大ガス円盤内のブラックホール
超大質量ブラックホール(中央)の周りを取り巻く巨大ガス円盤の内部に小さなブラックホールがたくさん存在する様子(提供:J. Samsing/Niels Bohr Institute)

このガス円盤は小さなブラックホールを中心部へと運び、ブラックホール同士を近づける役割を果たす。ただし、円盤内部ではブラックホール同士の相対速度も個数密度も非常に高く、ブラックホール同士が頻繁に遭遇するので、大きな円軌道を持つブラックホール連星はできにくい。「ガス円盤によってブラックホール連星が作られるだけでなく、連星と第3のブラックホールが相互作用して3つのブラックホールが乱雑なタンゴを踊るように激しく飛び交うのです」(東北大学 田川寛通さん)。

これまでは、こうした「ブラックホール三重連星」の運動は、星団などと同じように3次元的な相互作用になると考えられてきた。だとすると、細長い(=離心率が大きな)楕円軌道のブラックホール連星ができる確率は低い。

そこでSamsingさんたちは、平らなガス円盤の中でブラックホール同士が2次元に近い相互作用をするという条件を付けて、合体がどのように進むかをシミュレーションした。

「驚くべきことに、この制限のもとでは、細長い楕円軌道でブラックホール連星の合体が起こる確率が100倍にもなり、およそ半数の合体が細長い楕円軌道のまま起こることがわかりました。GW190521のブラックホール連星が銀河中心ブラックホールを取り巻く平らなガス円盤の中でできたのなら、その特徴はそれほど特異ではないことになります」(Samsingさん)。

ブラックホールの相互作用
ガス円盤の内部で起こるブラックホール同士の相互作用を示した図。(上左)ブラックホール連星と第3のブラックホールとが複雑な三体相互作用を起こすが、ガス円盤の中では3個の軌道面はガス円盤とほぼそろった2次元的な運動になる。(上右)最終的に1個が弾き飛ばされ、2個が細長い楕円軌道を保ったまま合体に至る(提供:J. Samsing)

さらに、合体前のブラックホールが非常に重かったのは、ガス円盤内でブラックホール同士が合体を繰り返して成長したと考えれば説明できる。突発的な光の放射がとらえられたのも、円盤のガスから光が発生したと考えることが可能だ。このように、ブラックホール連星の周囲の環境についての情報を強く示唆する重力波イベントはGW190521が初めてだ。

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