理論上限の13倍の速さで物質を飲み込む巨大ブラックホール

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ブラックホールの成長速度が理論値の10倍以上というクエーサーが見つかった。X線と電波を強く出しており、巨大ブラックホールの成長理論に新たな視点をもたらしそうだ。

【2026年1月26日 すばる望遠鏡

多くの銀河の中心には、太陽の数百万~数百億倍もの質量を持つ超大質量ブラックホールが存在する。その周囲では、引き寄せられたガスが「降着円盤」というガス円盤を作り、内側はきわめて高温になっている。一部の物質は「ジェット」となって円盤に垂直な方向へ超高速で噴き出す。これらの構造から、可視光線や紫外線、X線、電波など様々な波長の電磁波が放射され、特に明るい天体は「クエーサー」と呼ばれる。

こうした超大質量ブラックホールがどのように成長し、母銀河の成長とどう関わっているのかについては、いまだ謎が多い。

超大質量ブラックホール
超大質量ブラックホールの想像図。中心のブラックホールにガスが降着し、降着円盤やジェットを形成している(提供:NASA/JPL-Caltech)

超大質量ブラックホールの成長のしくみを理解する上で重要な要素の一つが、「超エディントン降着」と呼ばれる状態だ。光を出している天体に物質が落ち込むと、物質には内向きの重力と、外向きの光の圧力(輻射圧)が働く。ブラックホールでは、物質が降着してブラックホールの質量が増える速さ(質量降着率)が大きいほど、光度も明るいという関係が成り立っているが、輻射圧が重力を上回るほど明るくなると、物質はもはやブラックホールに降着できなくなる。この限界を「エディントン限界」といい、上限の明るさや降着率を「エディントン光度」「エディントン降着率」という。

ただし、エディントン限界は球対称な天体に定常的に物質が降着する場合の理論的な上限なので、天体が球対称でなかったり、定常的でなく一時的に降着率が上がったりする場合には、この上限を超える「超エディントン降着」の状態にもなりうると考えられる。実際にそのようなブラックホールもいくつか観測されている(参照:「大量のガスを一気に呑みこむ小さなブラックホール」)。

最近では、わずか数億歳の宇宙にも超大質量ブラックホールが見つかっているが、エディントン限界以下のペースでブラックホールが成長したとすると、これほど早い時代に超大質量ブラックホールができるには時間が足りないという謎がある。もし超大質量ブラックホールが超エディントン降着の状態を経て成長するのなら、この矛盾を解決できる可能性がある。

早稲田大学の小渕紗希子さんたちの研究チームは、すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置「MOIRCS」を用いた分光観測により、初期宇宙にあるクエーサー周辺のガスの運動を調べ、超大質量ブラックホールの質量を高い精度で測定した。

観測の結果、超エディントン降着の段階にあるクエーサー「eFEDS J084222.9+001000」(以下、J084222)が見つかった。J084222はうみへび座の方向約120億光年の距離にあり、中心ブラックホールの質量は太陽の約4.4億倍と推定された。このクエーサーの質量降着率をX線の明るさから見積もると、エディントン降着率の約13倍にもなる。この見積もりが正しければ、過去に観測された同程度の質量を持つブラックホールの中で、最も急速に成長している天体ということになる。

ブラックホールの質量と光度
これまでに見つかっているクエーサーのブラックホール質量(横軸)と光度(縦軸)の関係。赤色の星印が今回発見された「eFEDS J084222.9+001000」。実線と点線はそれぞれ、ブラックホールの質量降着率が理論的な限界値(エディントン限界)とその10倍の値の場合の位置を表す(提供:国立天文台)

このクエーサーの特筆すべき点は、X線でも電波でも明るく輝いていることだ。これまでの理論では、超エディントン降着の段階にある超大質量ブラックホールは、高温ガス領域が効率的に冷やされるためにX線が弱くなり、電波で観測されるジェットも目立たなくなると考えられてきた。超エディントン降着の状態でありながら、X線・電波とも明るいクエーサーの発見は初めてだ。従来想定されていなかった特異なメカニズムが、このクエーサーに隠されているかもしれない。

小渕さんたちは、J084222でX線できわめて明るい理由として、ブラックホールに星やガスの塊などが落ち込んで一時的に大量のガスが流入した可能性を考えている。こうした突発的な大量の質量降着によって、ブラックホールは急激に成長する超エディントン降着の状態に入ってX線で増光し、やがて元の状態へ戻ると考えられる。J084222でこうした現象が起こっているのであれば、初期宇宙で超大質量ブラックホールが変動しながら成長していく過程を初めてとらえたことになる。

また、J084222は電波でも明るいことから、母銀河での星生成にブレーキがかかるほどの非常に激しいジェットを放出しているかもしれない。超エディントン降着とジェットの間の関係はいまだ解明されておらず、今回の発見は、初期宇宙で母銀河と中心の超大質量ブラックホールがともに成長・進化していく「共進化」の過程を理解する重要なヒントになるだろう。

「今回の発見は、これまで困難とされていた初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を解明することにつながるかもしれません。今後、このクエーサーにおけるX線や電波の放射機構を探るとともに、まだ見つかっていない類似天体が存在しているのかどうかについても明らかにしていきたいです」(小渕さん)。

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