超大質量ブラックホールの宇宙最大級集団「宇宙のヒマラヤ」

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4000万光年の範囲に11個のクエーサーが密集する、宇宙規模では極めてコンパクトな構造が見つかった。異なる宇宙構造の境界に存在しており、研究チームは「宇宙のヒマラヤ」と名付けている。

【2025年6月10日 すばる望遠鏡

銀河中心に存在する超大質量ブラックホールのうち活動が活発なものは、周囲から大量のガスや塵を取り込んで莫大なエネルギーを放っている。こうした天体は「クエーサー」と呼ばれ、活動が最も活発だった初期宇宙においても、お互いの間隔は通常は数億光年も離れていた。

国立天文台ハワイ観測所の梁永明(リャン・ヨンミン)さんたちの研究チームはスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)のデータから、くじら座の方向約108億光年彼方に、11個のクエーサーがわずか4000万光年の範囲に密集している領域を発見した。これは宇宙規模で見ると極めてコンパクトな構造だ。「これほど極端に密集した例はこれまでに見つかっておらず、もし偶然であるとすれば、その確率は10の64乗分の1未満という驚異的な数字です」(梁さん)。

クエーサーの集団
発見されたクエーサーの集団。(背景画像)すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラが撮影した「BOSS J0210」領域。(赤色の影)クエーサーの密度、(青色の影)すばる望遠鏡による追観測から見つかった周囲に分布する数百個の銀河の密度。(小さな白枠)クエーサー、(拡大枠)それぞれのズーム画像(提供:国立天文台/SDSS; Liang et al.)

発見されたクエーサーの集団と他の領域におけるクエーサー数の比較
発見されたクエーサーの集団(オレンジのバー)と他の領域(黒い点)におけるクエーサー数の比較。青い破線とその周囲の色のついた帯は、SDSSの観測領域における平均値と、その1シグマ(標準偏差)内のばらつきを表す(提供:SDSS; Y. Liang et al.)

梁さんたちはすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ(Hyper Suprime-Cam, HSC)を用いて、この集団を取り巻く1億5000万光年におよぶ広大な領域の追観測を行った。その結果、クエーサーが銀河の集団の中ではなく、そこから約2500万光年も離れた場所に存在していることが明らかになった。一般に超大質量ブラックホールは銀河が密集した領域で活発になると考えられており、この観測結果は予想外のものだ。

さらに、銀河間に広がるガスの三次元分布図から、クエーサーはガスが最も密集した領域にも、逆に最も希薄な領域にも存在せず、中性ガスと電離ガスの境界に位置していることも明らかになった。研究チームでは、極めて多数のクエーサーが集中し、かつ宇宙構造の境界という特徴的な位置関係にあるという今回発見された構造を、「Cosmic Himalayas(宇宙のヒマラヤ)」と名付けた。

ガスの分布図とクエーサーの位置
ガスの分布図に示したクエーサーの位置(×印)。(黒の等高線)銀河の密度、(背景の色)赤いほど中性水素ガスの密度が高く、青いほど電離ガスの密度が高い。左側の銀河集団には中性ガスが集中し、右側の銀河集団には電離ガスが集中している。(下の写真)ヒマラヤ山脈周辺の衛星画像(提供:国立天文台 / SDSS Liang et al.;背景画像 c Google, Image Landsat / Copernicus)

「宇宙のヒマラヤ」は、宇宙の大規模構造における遷移的な領域を反映しているのかもしれない。たとえば、2つの成長中の銀河団が、宇宙の構造に沿って重力的に引き合いながら作られつつある場所という可能性が考えられる。言い換えれば、発見されたクエーサーの大集団は、ブラックホール、銀河、銀河間ガスが進化しつつある過渡的な段階を示しているのかもしれない。構造形成の進行とクエーサー活動によるフィードバックの両方によって形づくられつつある、ダイナミックな環境を示唆するものだ。

「これほど活発な超大質量ブラックホールの大集団があったこと、さらに銀河やガスの分布が常識的な宇宙の描像に反していたことは驚きです。これは全宇宙の中でも特別な場所かもしれませんし、あるいは、活発なブラックホールが一斉に現れる特別な瞬間を目撃しているのかもしれません」(国立天文台/東京大学 大内正己さん)。

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