M87に2つめの超大質量ブラックホールは存在するか
【2025年6月19日 国立天文台水沢VLBI観測所】
北米の研究プロジェクト「NANOGrav(North American Nanohertz Observatory for Gravitational Waves)」では、ミリ秒パルサー(規則正しくパルスを放つ中性子星)の信号の到着時刻を高精度で測定し、時空のわずかなゆらぎから重力波を検出する「パルサータイミングアレイ」呼ばれる手法を用いて、宇宙の構造や進化の解明を目指している。
NANOGravは2023年、長周期で振動する低周波重力波の存在を示す証拠を発表した。この重力波は、宇宙のあらゆる方向からやってくる「背景重力波」の主要な構成要素と考えられていて、その有力な発生源として、大質量ブラックホール同士の連星が考えられている。2つの銀河が合体し、それぞれの中心にあるブラックホールが接近して互いに周回運動を始め、重力波が放出されるというものだ。
NANOGravの研究イメージイラスト(提供:Aurore Simonnet for the NANOGrav Collaboration)
この知見をふまえて、国立天文台水沢VLBI観測所の紀基樹さんたちの研究チームは、おとめ座の楕円銀河M87に注目し、その中心のブラックホールが連星である可能性を検討した。M87の中心には太陽質量の65億倍の超大質量ブラックホールが存在し、ブラックホールの「影」が初めて撮影されたことで有名だ。
また、M87の中心からはアマチュア天文家が撮影できるほど長大なジェットが噴出している。東アジアVLBIネットワーク(East Asian VLBI Network: EAVN)の観測によって、ジェットの噴出方向が約11年周期で変化することも明らかになっている。
M87のジェット。(上)ジェットの電波画像。(下)2000年から2022年の間に測定されたジェットの噴出方向の時間変化。赤色の曲線は、観測されたジェットの噴出方向の時間変化とよく一致する11年周期の正弦曲線を表す(提供:Cui et al. (2023), Nature)
紀さんたちは、この11年の周期運動が超大質量ブラックホール連星系に由来するものであると仮定した場合、2つめのブラックホールの質量がどのような範囲にあるかを理論的に導き出した。「M87由来の重力波がNANOGravで検出された背景重力波の強度を超えない」「ブラックホール同士がまだ合体していない」などの条件に基づいて質量範囲を調べたところ、第2ブラックホールの質量は第1ブラックホール質量(太陽の65億倍)の0.7~4.2%(太陽の約4600万~2億7000万倍)であることが示された。
M87中心の中心ブラックホールが連星系である場合の想像図。2つのブラックホールは共通重心を公転運動し、ジェットは第1ブラックホールから噴出している(提供:Kino et al. (2025), ApJ)
EAVNの観測データからは約0.9年周期での振動運動も発見されているが、これをブラックホールの公転周期と仮定する場合には、第2ブラックホールの質量は第1ブラックホールの3.7~100%の範囲になるという。
今回の研究成果は、大質量ブラックホール連星の存在を直接検証するための今後の観測戦略にとって重要な指針となる。「今後の観測で、M87ジェットの根元の動きを高解像度で精密に計測することで、大質量ブラックホール連星の存在を直接検証できるかもしれません」(紀さん)。
「銀河の合体と進化の歴史は、ブラックホールの成長と密接に結びついています。したがって、近傍にある大質量ブラックホールを詳しく調査することは、宇宙における銀河進化の全体像を理解するための基礎的かつ重要なステップとなります」(文教大学 長島雅裕さん)。
〈参照〉
- 国立天文台水沢VLBI観測所:“もしも”第2のブラックホールがM87に存在するとしたら- NANOGrav低周波重力波観測が照らす新たな可能性-
- The Astrophysical Journal:Constraining the Mass of a Hypothetical Secondary Black Hole in M87 with the NANOGrav 15 yr Data Set 論文
〈関連リンク〉
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