太陽系でもユニークな気象怪物、木星の成層圏に吹く風
【2021年3月25日 アルマ望遠鏡/ヨーロッパ南天天文台】
太陽系最大の惑星である木星では表面の大気で強烈な風が吹いているが、その風速を観測するのは、雲などによって目に見える形にならない限り難しい。低層の風は、白と茶色の縞模様を成す雲で可視化され、上層の大気は極域のオーロラが手がかりになる。しかし、その中間にあたる成層圏には目印がなく、どのような風が吹いているかは謎だらけだった。
唯一、成層圏の風が見えるようになったのは、1994年にシューメーカー・レビー彗星(D/1993 F2、D/Shoemaker-Levy)が木星に衝突したときのことである。衝突痕が成層圏まで達したことで風の様子がある程度わかったが、それも木星の南緯30~60度という限られた領域で、限られた時間のことだった。
だがこのときシューメーカー・レビー彗星(以降SL9)は、後に木星全球における成層圏の風速計測を実現させる材料を運んでいたのだ。
1994年7月から9月にかけて、シューメーカー・レビー彗星が木星に衝突したときの様子をとらえた赤外線画像(提供:ESO)
仏・パリ天文台ボルドー天体物理学研究所のThibault Cavaliéさんたちの研究チームは、SL9が木星にもたらした分子、なかでもシアン化水素(HCN)に着目した。衝突から時間が経ち、シアン化水素は木星の成層圏全体に拡散している。シアン化水素は特有の周波数の電波を発している上に、その分子が移動していれば、ドップラー効果によって周波数もわずかに変化する。そこでCavaliéさんたちはアルマ望遠鏡を木星に向けて、シアン化水素の動きを調べた。
その結果、木星の極付近の成層圏では秒速400m(時速1450km)にもなる強いジェットが吹いていることがわかった。これは地球のジェット気流と似ていて、幅の狭い帯状に伸びる風だが、風速は地球で最も強い竜巻の3倍以上にもなる。木星大気の下層には、大赤斑という巨大な嵐があるが、極を囲むジェットも一つの渦と見なせば、その直径は大赤斑を優に超え、地球の4個分にも達する。高さは900kmで、風速も大赤斑の2倍以上だ。Cavaliéさんはこれを「太陽系でもユニークな気象怪物」と表現している。
NASAの探査機「ジュノー」が取得した木星の画像に、青い線で極域の成層圏に吹くジェットの風速を示したもの(提供:ESO/L. Calçada & NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)
これまでにも、木星の極域に強い風が存在することは知られていたが、それは今回の研究対象となった領域より数百km上空だった。従来の研究では、この高層大気の強風は高度が下がるほど遅くなり、成層圏では消失していると考えられてきたが、今回の研究はそれを覆すものだ。また、成層圏の強風は極域に限定されるものではなく、赤道域でも時速600kmに達する強い風が存在することも明らかになっている。
〈参照〉
- アルマ望遠鏡:アルマ望遠鏡、木星の成層圏に吹くジェット気流を初めて観測
- ESO:Powerful stratospheric winds measured on Jupiter for the first time
- Astronomy & Astrophysics:First direct measurement of auroral and equatorial jets in the stratosphere of Jupiter 論文
〈関連リンク〉
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