「ひまわり8号」で月を見る

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気象衛星「ひまわり8号」の視野に写り込んだ月の撮影データは、月の温度や地質などを研究する上でも役立つことが実証された。

【2022年7月11日 RISE月惑星探査プロジェクト

2015年夏に運用が開始された気象衛星「ひまわり8号」は、上空3万6000kmの静止軌道から地球を観測し続けている。その視野の中には地球以外の天体が写り込むこともあり、2019年末から2020年初めに大減光したベテルギウスの研究にも使われたと発表されたばかりだ(参照:「気象衛星「ひまわり8号」がとらえたベテルギウスの大減光」)。

視野によく写り込むのが月である。10分に1回、可視光線から中間赤外線の多波長で地球をスキャンする「ひまわり8号」は、2021年11月末の時点で900回以上も月を撮影していた。撮影解像度は最高5kmで、クレーター等の地質ごとの違いも見ることができるほどだ。

「ひまわり8号」がとらえた地球の全球画像と写り込んだ月
2015年9月29日に「ひまわり8号」がとらえた地球の全球画像と写り込んだ月(提供:RISE月惑星探査プロジェクト リリース、以下同)

東京大学の西山学さんたちの研究チームは、未だ月の研究に使われたことのない「ひまわり8号」の画像解析を試みた。

多波長観測のうち中間赤外線の画像は、サーモグラフィーのように月面の温度を測るのに使える可能性がある。「ひまわり8号」が観測したデータとNASAの月探査機「ルナー・リコナサンス・オービター」の同波長帯のデータとを比べたところ、月の表面温度がよく一致しており、「ひまわり8号」も月の温度観測に有用なことが示された。中間赤外線は大気の影響を受けるため地上からの観測が難しく、他の探査機による月の観測でもじゅうぶんには使われていないので、貴重なデータとなる。

さらに、ここに「ひまわり8号」の特徴である多波長観測を組み合わせることで、より詳しい研究が可能となる。

月の表面温度が変動すると、それに対応して放射される赤外線の波長と強さも複雑に変化する。仮に観測している部分が均一で、一定の温度であれば、どの波長で観測しても同じ温度を推定できる。しかし画像中の1ピクセルの中でばらつきがあった場合、合算した放射の強さが波長ごとに異なってしまうため、結果として推定される温度が波長ごとに変わってしまう。これを逆に利用すれば、表面の凹凸や岩石量などといった温度に影響を与える地質的特徴を知る手がかりとなるのだ。

月面の地質的特徴と表面温度
2019年6月27日の月面(左)と、その地質的特徴を温度に変換して得られた表面温度(右)

月面での朝や夕方には影ができやすく、そこでは温度が下がる。そのため、遠くからは見えない細かな凹凸が温度のばらつきを生じさせ、それが波長ごとに異なる推定温度が得られる原因となるはずだ。実際に様々な凹凸の度合いをシミュレーションして「ひまわり8号」の中間赤外画像と比べたところ、観測されたばらつきが生じたのは、月全体の表面の凹凸がアポロ着陸地点で実際に観測されたものと同程度である場合だった。

一方、夜には岩石量の影響が大きい。岩の方が砂よりも冷えにくく、月の真夜中では、岩が砂よりも摂氏100度以上暖かいと推定される。そのため岩石が多い場所では、波長による温度差が大きく、温度自体も周囲と比較して高くなる。「ひまわり8号」の観測データを見てみると、ティコクレーターは夜も周囲より高温であることから、岩石が月平均よりも10倍以上多いと推定された。月面全体では微小隕石の衝突により表面の岩が少しずつ砕かれているが、比較的若いクレーターであるティコではむき出しになった岩が残っているのだと考えられる。

このように「ひまわり8号」の中間赤外画像は月面を調べる上で役立つことが明らかになった。この他にも水星・金星・火星・木星などが撮影されており、他の探査機がこれらの惑星を赤外線でとらえる際には、機器の較正に「ひまわり8号」が貢献できるかもしれない。

西山さんたちは、「ひまわり8号」には「宇宙望遠鏡」としてのさらなる可能性が秘められていると期待している。たとえば、「ひまわり8号」が観測するバンドの一つは地球の水蒸気を観測するためのものだが、これを使えば人類の宇宙進出に欠かせない月の水分布を推定するのに有用かもしれない。また、これまで撮影された画像では月の昼の面は白飛びしていて朝・夕・夜面のような分析ができないが、露出時間の変更などで対応できるかもしれないという。

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