リュウグウ試料から2万種の有機分子、固体有機物を検出
「はやぶさ2」が地球に持ち帰ったリュウグウの試料を分析している初期分析6チームのうち、「可溶性有機物分析チーム」(リーダー:奈良岡浩さん(九州大学))と「固体有機物分析チーム」(リーダー:薮田ひかるさん(広島大学))の分析結果が発表され、全チームの結果が出そろった。
約2万種の有機分子を検出、左右型アミノ酸の比はほぼ1:1
可溶性有機物分析チームは、リュウグウ試料のうち直径1mm以下の微粒子からなる「集合体試料」を使い、水やアルコールなどの溶媒に溶ける成分を抽出してどんな物質が含まれるかを調べた。
元素分析では、揮発性の軽元素(炭素(C)・窒素(N)・水素(H)・硫黄(S)・酸素(O))が重量比で約21.3%含まれていることがわかった。この量はこれまで知られている炭素質隕石と比べても最も多い部類に入り、リュウグウ試料が揮発性元素に富んでいることが改めて確認された。また、炭素13・窒素15・重水素・硫黄34などの安定同位体の比率を調べたところ、「CIコンドライト」と呼ばれる炭素質隕石に近かった。
次に、試料の溶液をイオン化して超高分解能の質量分析を行った。この分析では、試料中の分子をC, H, N, O, Sの個数、つまり「組成式」の違いという形で検出できる。分析の結果、分子量が100~700にわたる約2万種類の有機分子が検出された。これは過去に炭素質隕石から検出された分子の種類と比べても数十%多く、地球の物質と比べてもかなり多様だ。
また、試料を熱水で抽出した溶液を液体クロマトグラフィーで分析し、どんなアミノ酸が含まれるかを調べた。この手法では、アミノ酸の種類や量を「右手型/左手型」などの分子構造の違いも含めて識別できる。
分析の結果、計15種類のアミノ酸が検出された。この中には、アラニン・グリシン・バリンなど、たんぱく質の材料となるアミノ酸だけでなく、β-アラニン・アミノ酪酸・イソバリンなど、たんぱく質の材料にならないアミノ酸も含まれていた。
また、「左手型/右手型」という鏡像関係の構造を持つアミノ酸の左右の比率は、どのアミノ酸でもほぼ1:1だった。
実験室でアミノ酸を合成すると左右のタイプが同じ割合でできるが、地球上の生物はもっぱら左手型(L型)のアミノ酸だけを利用していて、なぜこうした偏りがあるのかはわかっていない。今回検出されたアミノ酸には左右の量の差がないことから、リュウグウ試料のアミノ酸は非生物的な過程で合成されたものだと考えられる。
また、検出されたアミノ酸の濃度は数ppb(数十億分の1)と非常に少なかった。炭素質隕石のマーチソン隕石には数十ppm(数十万分の1)のアミノ酸が含まれており、こうした隕石と比べてもかなり少ない。研究チームでは、熱水の作用によってアミノ酸が枯渇した可能性などが考えられるとしている。
水の影響が見られる有機物
可溶性有機物の分析では、様々な有機物で液体の水が作用した証拠も見つかった。
試料を熱水で抽出した溶液からは、カルボン酸としてギ酸と酢酸が見つかったが、より炭素数が多いカルボン酸は検出されなかった。この特徴は熱水の作用を受けた炭素質隕石と似ている。
有機溶媒で抽出した溶液からは、複数のベンゼン環からなる「多環芳香族炭化水素(PAH)」が検出された。PAHは星間物質や隕石中によく見られる物質だが、今回のリュウグウ試料では、C6H10という同じ組成式で表されるピレンとフルオランテンというPAHの比率に偏りが見られ、ピレンの方が多く検出された。この2つの分子は水への溶けやすさが異なるため、研究チームでは、リュウグウ母天体の内部で流水の作用によって両者の分布が分かれた可能性があると考えている。流水によると思われる分布の偏りは、窒素を含む環状化合物でも見つかった。
有機物は塩となって守られていた
熱水抽出した試料からは分子量の小さなアミンも検出された。普通、低分子のアミンは低い温度ですぐ揮発してしまうはずなので、今回検出されたアミンは、リュウグウ表面で無機物や金属と結びついた塩の形で存在していると研究チームでは推定している。炭素質小惑星の有機分子は、このアミンのように鉱物に守られることで太陽光や宇宙線の照射にも耐え、地球まで運ばれたのかもしれない。
有機物の大半は「黒い固体有機物」
固体有機物分析チームでは、顕微分光分析などの非破壊の分析と、試料を酸で溶かして残渣を調べる破壊分析とを組み合わせて、溶媒に溶けない有機物の性質を詳しく調べた。
リュウグウ試料を塩酸・フッ酸で溶かして炭酸塩などの無機物を除去する処理を1か月にわたって繰り返したところ、黒い固体の有機物が溶け残った。この「黒い固体有機物」の分光スペクトルや重水素・窒素15の同位体比は、リュウグウ試料を非破壊で分析した結果とほぼ同じだったことから、リュウグウ試料に含まれる有機物の大半はこの「黒い固体有機物」だと研究チームは考えている。リュウグウの黒さはこの物質に由来するのかもしれない。
分析の結果、黒い固体有機物の正体は分子量が1000を超える高分子で、一定の分子構造を持たず、ベンゼン環がたくさんつながった芳香族性の構造の中に脂肪族炭化水素の鎖やケトン基、カルボキシル基などが無秩序に結合したもののようだ。このような高分子の固体有機物は、CIコンドライトやCMコンドライトなどの炭素質隕石でも見つかっている。炭素質隕石で見られる固体有機物と同様の物質が炭素質小惑星にも主要な有機物として含まれていることを証明したのはこれが初めてだ。
また、一般に有機物が加熱されると炭化されてグラファイト(黒鉛)ができるが、黒い固体有機物にはグラファイトのような規則的な構造は見られなかった。このことから、リュウグウ試料は過去に母天体内部や天体衝突などで加熱を経験していたとしても、200℃以上になったことはないと考えられる。
様々な組成・形態の有機物を発見
さらに、リュウグウ試料の微粒子を薄くスライスして、軟X線顕微鏡・透過型電子顕微鏡・赤外顕微鏡などで観察と分光を行ったところ、1μm以下の微小な球状の有機物や、リュウグウ試料の主成分である層状ケイ酸塩や炭酸塩の結晶内部に入り込んでいる不定形の有機物が見つかった。このタイプの有機物も過去に炭素質隕石で見つかっているが、リュウグウ試料の方が化学的・形態的にバラエティに富んでいるという。こうした有機物も、母天体の中で液体の水と鉱物・有機物が様々な反応を起こして生じたものだと考えられる。
宇宙から地球に持ち込まれた生命の材料としては、これまでにアミノ酸や糖、核酸塩基などが注目されてきたが、今回の発見で、C型小惑星の有機物の大半は黒い固体有機物で占められていることがわかった。こうした天体が太古の地球に降り注ぎ、地球環境で化学的な進化を受けることで、黒い固体有機物からより分子量が小さい多種多様な有機分子が生まれ、生命の材料になったのかもしれない。つまり、固体有機物が生命材料のリザーバ(貯蔵庫)として働いたという新たな可能性を示す成果だと研究チームでは考えている。
両チームの研究結果は、これまで発表されてきた初期分析各チームの研究成果のダイジェストとともに、「Science」2023年2月24日号に掲載される。この号は「はやぶさ2」初期分析の特集号となっている。
〈参照〉
- JAXA:
- 九州大学:炭素質小惑星(162173)リュウグウの試料中の可溶性有機分子
- 広島大学:【研究成果】小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 固体有機物分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
- Science:論文
〈関連リンク〉
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