天王星の雲と腐った卵の共通点

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ジェミニ北望遠鏡による分光観測で、天王星の上層大気から硫化水素が検出された。天王星の大気について長らく未解決となっていた謎を解く成果だ。

【2018年5月1日 ジェミニ天文台

太陽系の7番目の惑星である天王星は、1986年にNASAの惑星探査機「ボイジャー2号」が接近するなど様々な観測が行われてきた。しかしいまだ解明されていない大きな謎がある。天王星の雲の組成だ。

ボイジャー2号から撮影された天王星
1986年にボイジャー2号から撮影された天王星。もやの層に覆われ、雲や模様のような表面の特徴はほとんど見られない(提供:NASA/JPL)

天王星の雲の主成分については、温泉の臭いや卵の腐敗臭の原因としても知られる硫化水素であるという説とアンモニアであるという説があり、研究者たちは長年にわたって、どちらの説が正しいかを議論してきた。しかしどちらにも決定的な証拠はなかった。

地球大気の中で水蒸気が液体の水滴や固体の氷となって雲ができるのと同じように、天王星でも雲の材料物質は気体から固体(氷)へと凝結して雲を作る。しかし、こうして雲の層ができると、気体状態の材料物質は雲より下の深い場所に隔離されてしまい、地球から望遠鏡で観測できる高度にはほとんど存在しなくなってしまう。

「雲の上にはごくわずかな量が飽和蒸気として存在するだけです。これが、天王星の雲の層より上でアンモニアや硫化水素の証拠を見つけるのが難しい理由です」(英・レスター大学 Leigh Fletcherさん)。

英・オックスフォード大学のPatrick Irwinさんたちの研究チームは、米・ハワイ・マウナケア山にあるジェミニ北望遠鏡の近赤外線分光器NIFSを使い、天王星が放射する赤外線の詳細な分光観測を行った。この観測で、天王星の雲頂部分から念願の硫化水素を初めて検出することに成功した。

「硫化水素の吸収線は検出できるぎりぎりのレベルでしたが、NIFSの高い感度とマウナケアの素晴らしい観測条件のおかげで、はっきりと検出することができました」(Irwinさん)。

NIFSはもともと、銀河中心核の巨大ブラックホールを取り巻く環境を研究するために設計された観測装置だ。「我々の太陽系の長年の謎を解明するためにNIFSを使うというのは新たな用途を拡げる力強い試みだといえます」(全米科学財団 Chris Davisさん)。

天王星の雲の上で硫化水素が見つかったこと、そしておそらくは海王星にも同じように硫化水素が存在することは、木星・土星とはいちじるしく異なる特徴だ。木星・土星の上層大気ではアンモニアは検出されているが、硫化水素はまったく見つかっていない。こうした違いは、これらの惑星がどのような形成史を経てきたのかという疑問を解く手がかりとなる。研究チームでは、木星・土星のようなガス惑星と天王星・海王星のような氷惑星の雲の違いは、太陽系の形成期にこれらの惑星が生まれた温度や場所の違いによって生じたものと推測している。

また、太陽系の巨大惑星は生まれた場所から現在の軌道まで移動してきたと考えられているが、今回確認された天王星の組成に関する情報は、天王星が形成された場所やその進化を理解し、惑星が移動するというモデルを改善していく上でも非常に大きな価値を持つ成果だ。

今回の観測によって天王星の大気に含まれる硫化水素の下限値が明らかになったが、この濃度の硫化水素が人間にどのような影響を及ぼすかを考えるのは興味深い。「もし人間が天王星の雲を降下していったら、不快な悪臭に出くわすかもしれません。しかし、天王星の大気には酸素がなく、主成分は水素・ヘリウム・メタンで、温度は−200℃です。硫化水素の臭いを感じる前に人間は死んでしまうでしょう」(Irwinさん)。

天王星の大気は人間にとっては不快な環境かもしれないが、太陽系ができた時代の歴史を探り、太陽系外惑星の性質を知る上では、この遠く離れた惑星は豊かな実りをもたらす地であるといえる。

(文:中野太郎)