金星の雲に見られる長大な境界構造はなぜ生じるのか

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金星の雲に見られる南北6000kmにもわたる境界構造について、大気の流れが急激に変化して上昇気流が生じる現象「ハイドロリック・ジャンプ」によって作られている可能性がシミュレーション研究により示された。

【2026年5月15日 東京大学大学院 新領域創成科学研究科

金星は二酸化炭素の厚い大気で覆われ、大気中には硫酸の雲が浮かんでいる。日本の探査機「あかつき」は近赤外カメラ(IR2)でこの雲を観測し、下層雲領域に南北6000kmにわたって伸びる鮮明な雲の境界線(不連続線)を発見した。境界線は5日間で金星を一周する速さで長期間にわたって伝播し、その後方では雲量が不連続的に増加している。しかし、その形成メカニズムはこれまで謎に包まれていた。

金星の雲の長大な不連続線
金星の雲の長大な不連続線。「あかつき」の近赤外線カメラ(IR2)が2016年8月18 日(左)と8月27日(右)に撮影。暗く見えるところほど雲が濃い(提供:プレスリリース、以下同)

東京大学の今村剛さんたちの研究チームは、地球気象数値モデル「CReSS;Cloud Resolving Storm Simulator」を金星用に改変したシミュレーションから、この雲が「ハイドロリック・ジャンプ」(hydraulic jump:跳水)という、水平方向の流れが急激に変化するとともに空気が跳ね上げられる現象で作られることを突き止めた。

シミュレーションと観測の比較
(a)金星大気の数値シミュレーションでハイドロリック・ジャンプが発生したときの物質面(温位面)の断面図。水平距離1万7000km付近で不連続的に段差が生じている。(b)不連続近傍の拡大図。実線は物質面の変動を、色は鉛直風の速度を表す。(c)「あかつき」が撮影した不連続な雲構造の赤外線画像。(d)上画像の赤線に沿った明るさの分布

ハイドロリック・ジャンプ現象は、地球では山岳の風下や河川で流れの速度が変化する場所でしばしば見られるほか、台所の流しといった身近な場所でも観察できる。一方、金星では大気重力波の一つである、波長4万kmにおよぶケルビン波が引き金になっているものと推定された。地球上で見られる現象と本質的に同じしくみが、金星では太陽系最大と言える惑星スケールで生じていて、気候形成に関与していることを示す結果である。

流しで観察できるハイドロリック・ジャンプ
台所の流しで観察できるハイドロリック・ジャンプ。外向きに広がる速く薄い流れが、不連続的に遅く厚い流れに遷移している。このような遷移に伴う上昇流が、金星では不連続的な雲の生成をもたらす(撮影:今村剛)

金星の雲の下にはケルビン波が伝播しやすい大気層があり、ここで力学的に不安定になったケルビン波が流速を急激に変化させ、その変化が生じる前線に沿って上昇気流が作られる。すると、雲の下に濃集している硫酸蒸気が持ち上げられて冷却し、雲として凝結して、後方に流されていく。シミュレーションでは前線で空気が3kmも上昇し、前線の後方では波状の構造が作られることが示された。

実際に「あかつき」はシミュレーションで再現されたものと似た「さざ波」のような雲の濃淡模様を観測しており、そのメカニズムが働いていることが裏付けられた。 また、硫酸の凝結過程のシミュレーションからは、観測結果と同程度の急激な雲量増加が起こりうることも確かめられた。金星の下層の雲はこのメカニズムで生じている可能性がある。

金星では大気の速度が自転速度の60倍にも達する「スーパーローテーション」という現象が知られていて、その維持メカニズムとしてこれまでは、「あかつき」の観測結果をもとに「熱潮汐波」という大気波動の働きが注目されていた。今回の研究は、ケルビン波がハイドロリック・ジャンプを介して大気層に西向きの力を与えているという、別のスーパーローテーション維持メカニズムの可能性を示すものでもある。

大規模な大気波動が引き起こすハイドロリック・ジャンプは、金星大気全体や他の惑星大気でも作用している可能性があるものの、これまで指摘されたことがなかった。今後、この知見をもとに、新たな大気力学過程の理解が進むと期待される。