形成直後の地球表層は原始生命に苛酷な環境だった

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地球マントルと同等の試料を超高圧で融解させる実験から、マグマの海で覆われていた形成直後の地球表層は、有機分子の生成率が低い酸化環境で、生命にとって非常に苛酷だったことが示唆された。

【2023年5月11日 愛媛大学

地球が形成されたのは約46億年前とされる。当時の地質記録はほとんど残っていないため、表層の環境がどのようなものであったかについては、あまり理解が進んでいない。地球の大気は、火山から出るガスによって形成されたと考えられるが、その火山ガスの組成は上部マントルの物質がどれだけ酸化していたかに左右される。そこで、遅くとも約39億年前に発生した生命誕生の謎を解明するには、当時のマントルの酸化状態を知ることが重要な手がかりとなる。

数少ない地質記録によると、約44億年前には上部マントルの一部が現在と同程度以上に酸化されていたとみられる。形成末期の地球では、巨大な天体の衝突によって表面がマグマオーシャン(マグマの海)になっていたと考えられるが、そうした環境ではマグマ中の2価鉄イオン(Fe2+)から3価鉄イオン(Fe3+)が生成される反応が起こり、結果としてマントル全体が酸化するという説がある。

しかし、この反応を研究する実験では、地球マントルと大きく組成が異なる試料が用いられていた。また、実際のマグマオーシャンと比べると低い圧力条件で実験が行われていた。そのため、より現実的なマントル組成の試料を用いた高圧下での実験的検証が必要とされていた。

巨大天体衝突の想像図とマグマオーシャン酸化メカニズム
(左)巨大天体衝突の想像図、(右)2価鉄(Fe2+)の不均化反応によるマグマオーシャン酸化メカニズムの概要。2価鉄の不均化反応で生成した金属鉄がマグマオーシャンから取り除かれ、3価鉄(Fe3+)の割合が増加し、マントルが酸化する。画像クリックで表示拡大(提供:木下真一郎)

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの桑原秀治さんたちの研究チームは、深さ約660~800kmに相当する下部マントルと同じ圧力下でマグマオーシャンを再現する実験を試みた。実験では大型高圧発生装置と超高温高圧実験に適した密閉容器を組み合わせて、上部マントルの主成分であるカンラン岩の試料を金属鉄と共に溶融させた。分析には大型放射光施設「SPring-8」を用いて、実験回収試料の2価鉄と3価鉄の量を決定した。

その結果、下部マントル条件下で、これまでの予想以上に3価鉄が生成されることが示された。深いマグマオーシャンが形成されると現在の地球よりも酸化的な表層環境が形成されることを裏付ける成果だ。

マグマ中の酸化鉄に占める3価鉄の割合の変化
金属鉄共存化におけるマグマ中の酸化鉄に占める3価鉄の割合の変化。下部マントル圧力条件(23万気圧以上)では、2価鉄の電荷不均化反応の効率が非常に高くなる(提供:愛媛大学リリース)

この結果は地質記録から示唆されている冥王代(地球誕生から40億年前までの約5億年間)の記録と一致していて、地球表層が全球的に非常に酸化的であったことを示す。また、当時の地球大気が二酸化炭素や二酸化硫黄から構成されていた可能性が高いことも示唆される。

こうした大気では生命が利用可能なアミノ酸などの有機分子の生成率はとても低く、原始生命にとって非常に過酷な環境であったと想像される。一方で、現在の上部マントルの3価鉄の量は、今回の研究で予想される冥王代の値よりも一桁程度低い。その理由について研究チームは、その後に降着したであろう金属鉄に富む小天体によって上部マントルの酸化状態が還元されたとする新しい仮説を提案している。

今後、地質学的な検証により、地球の上部マントルの酸化状態や大気組成の変遷に関する理解が進むと期待される。