火星大気中のネオンから惑星の深部を探る
【2021年11月8日 東京工業大学地球生命研究所】
貴ガスの一種であるネオンは、地球の大気中だけでなくマントルにもある程度含まれている。空中と地中ではネオンの同位体の割合が異なっており、これは地球の形成過程を反映していると考えられる。ネオンのようにガスになりやすい元素(揮発性元素)は、惑星が形成されたときに材料となった原始太陽系星雲ガスから直接取り込まれた。これがマントルに含まれるネオンの起源だ。一方、原始地球に後から降り注いだ小天体も揮発性元素を運んできたが、こちらは大気や海洋へと放出されることになった。
水星、金星、火星といった他の地球型惑星の形成過程についても、内部に閉じ込められたネオンの量からヒントが得られるはずだ。しかし、他の惑星のマントル内部を調べるのは非常に困難である。
東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の黒川宏之さんたちの研究チームは、火星の大気に含まれるネオンから深部の情報が得られることを示す成果を発表した。火星には磁場がないため、太陽風によって大気が宇宙空間へ流出し続けている。黒川さんたちはNASAの火星探査機「メイブン」の観測データをもとに、火星大気中のネオンは1億年程度で宇宙へ逃げてしまうことを発見した。これは、現在の火星大気に含まれるネオンは火山活動によって火星内部から供給されたものであることを示している。
火星大気中のネオンの流出と供給のイメージ(提供:ELSIリリース(NASAの画像を改変))
火星大気中のネオンを直接調べたのは、今のところNASAの火星探査機「バイキング」1号と2号の着陸機だけである。研究チームがバイキングの観測データから大気中のネオンの存在量を推定し、そこから火星のマントルに含まれるネオンの割合を計算したところ、地球のマントルの5~80倍と非常に多いことが示された。
縦軸は、現在マントルに残されているネオンの割合(左軸)と、それに対応して火星が形成されたときにマントルにあったと推定できるネオンの割合(右軸)。比較のために地球のマントルに含まれるネオンの割合や、火星の材料となりえた物質に含まれるネオンの割合も横線で示されている。横軸は火星の大気中に含まれるネオンの割合で、探査機「バイキング」のデータから見積もられる範囲が示されている。今回の研究で示された、火星大気中のネオンとマントル中のネオンの関係が青で示されている。バイキングが見積もる大気中ネオン存在度の範囲内では、地球マントルより火星マントルの方がネオンの割合が多いことがわかる(提供:Kurokawa et al. (2021) Icarus を改変)
火星のマントルにネオンが多い原因は地質活動とは考えにくく、太陽系誕生時に火星の材料となった物質に大量のネオンが含まれていたと考えるのが妥当だという。原始太陽系ガスを直接取り込んだか、太陽風の作用でネオンの割合が多くなった塵を集めたか、隕石や彗星から供給されたというシナリオが挙げられている。その起源を突き止めるには、地球の場合と同様、ネオンの同位体組成を測定する必要がある。
従来の火星探査でネオンの測定がほとんどなされていないのは、同じ貴ガスであり存在量の多いアルゴンの信号に紛れてしまうからだ。そこで研究チームは、アルゴンとネオンを分離する透過膜を備えた質量分析計システムを開発し、JAXAの将来の火星着陸ミッションで大気中のネオンの計測を行うことを提案している。また、NASAとヨーロッパ宇宙機関が計画している土壌のサンプルリターン計画でも、ネオンを測定できるだけの大気ガスが回収されるかもしれない。
〈参照〉
- 東京工業大学地球生命研究所:火星のネオンサイン:大気中の希ガスから火星の深部を探る
- Icaurs:Mars’ atmospheric neon suggests volatile-rich primitive mantle 論文
〈関連リンク〉
- MAVEN
- Viking Mission Overview - NASA
- アストロアーツ 天体写真ギャラリー:2021年 火星
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