土星の大気はオーロラに加熱されている

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2017年に運用終了した土星探査機「カッシーニ」のデータから、土星の上層大気が高温に保たれている謎を解く手がかりが得られた。

【2020年4月13日 NASA JPL

地球の大気の最上層部は「熱圏」と呼ばれ、密度はきわめて薄いが、太陽からのX線や紫外線で加熱されるために温度が約2000℃にもなっている。これは木星から海王星までのガス惑星でも同じで、いずれも上層大気は高温に保たれている。

土星のオーロラ
2008年11月1日に探査機「カッシーニ」によって撮影された土星の南半球の近赤外線画像。青い領域は太陽からの赤外線を反射している部分で、赤い領域は土星本体の熱放射の赤外線を示している。緑色のリングが土星のオーロラで、水素イオンが赤外線を放射している(提供:NASA/JPL/ASI/University of Arizona/University of Leicester)

木星より外側の惑星は太陽から遠く離れているため、地球の熱圏とは違って太陽光による加熱はあまり強く働かないはずだ。にもかかわらず、たとえば土星の上層大気は、太陽光だけが熱源であると考えた場合よりも数百度も温度が高い。この食い違いはガス惑星の大気における「エネルギー危機(energy crisis)」とも呼ばれ、惑星科学の大きな謎の一つとなっている。

米・アリゾナ大学のZarah Brownさんたちの研究チームは、探査機「カッシーニ」の観測データを新たに解析して、土星の上層大気を高温に保つ熱源の有力候補を見つけた。それは、土星の北極と南極に生じるオーロラだ。太陽風と土星の衛星から放出される荷電粒子とが相互作用すると電流が生じる。この電流によってオーロラが発光し、上層大気を加熱するとBrownさんたちは考えている。

変化するオーロラ
2005年6月21日にカッシーニの紫外線撮像分光計(UVIS)で撮影された土星のオーロラ。南北両極付近に見える青白いリングがオーロラ。2枚の画像は約1時間差で撮影されたもので、土星のオーロラが1時間以上持続すること、短時間で変化することを示している(提供:NASA/JPL/University of Colorado)

大気の中を循環する熱の流れを完全に描き出すことができれば、オーロラの電流が土星の上層大気をどのように加熱して風が生じるかを深く理解できるようになる。Brownさんたちによれば、オーロラによって土星の極域にたまった熱エネルギーは全球的な風の流れによって赤道地域へと運ばれ、これによって上層大気は太陽光だけで加熱される場合よりも2倍も高い温度にまで熱くなりうるという。

「今回の結果は惑星の上層大気を広く理解する上で欠かせないものです。また同時に、カッシーニの遺産の中でも重要な位置を占める成果です」(カッシーニ紫外線撮像分光計チーム Tommi Koskinenさん)。

1997年に打ち上げられたカッシーニは2004年に土星を周回する軌道に投入され、13年以上にわたって土星の観測を行った。2017年9月に探査機は土星の大気に突入して運用を終了したが、この突入の前に「グランド・フィナーレ」と呼ばれる土星への最後の接近周回飛行が22周にわたって行われた。

今回の研究で分析された重要なデータは、このグランド・フィナーレの接近飛行で得られたものだ。カッシーニはオリオン座とおおいぬ座の明るい恒星が土星の後ろに隠される掩蔽現象を6週間にわたって観測した。恒星が様々な緯度で土星の縁に潜入し、再び出現する様子をとらえたデータから、Brownさんたちは星の光が土星の大気を通過する際の変化を調べ、上層大気の密度を求めた。また、大気の密度は高度が高くなるほど薄くなるが、この減少の度合いは温度によって変わるため、この観測データから土星の上層大気の温度も緯度ごとに導くことができた。

この分析の結果、土星の上層大気の温度はオーロラが発生する緯度付近で最も高いことが明らかになった。これはオーロラ電流が上層大気を加熱していることを示唆する結果だ。また、Brownさんたちは大気の密度と温度から土星大気内の風速も求めている。

惑星の上層大気は宇宙空間と接する領域であり、土星の上層大気を理解することは、太陽系内での太陽風や磁場の変動といった「宇宙天気(space weather)」を理解する鍵にもなる。さらには、こうした宇宙天気が太陽系の他の惑星に与える影響を理解したり、他の恒星系での系外惑星と宇宙天気の関係を知る上でも重要になるだろう。

(文:中野太郎)