ケフェイド変光星の距離改良で導かれたハッブル定数の不一致

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ハッブル宇宙望遠鏡の観測によるケフェイド変光星の距離の改良などを元にして、宇宙の膨張率を表す「ハッブル定数」がこれまでで最も高い精度で求められた。初期宇宙のマイクロ波背景放射の観測から求めた値とは明らかな差があり、新たな謎を生んでいる。

【2018年3月1日 HubbleSite

宇宙の膨張によって遠くの天体は私たちから遠ざかるように見えるが、その後退速度は距離が遠い天体ほど速い。この関係は「ハッブルの法則」として知られている。この法則の比例定数が「ハッブル定数」で、宇宙論に登場する基本的な定数の一つだ。ハッブル定数を正確に求めることは長年にわたって、天文学や宇宙論の重要なテーマの一つとなっている。

今のところ、最も良い精度でハッブル定数を求めた方法の一つは、ビックバンの名残である「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」の観測データと「ΛCDMモデル」と呼ばれる宇宙モデルを組み合わせて定数を導くという手法だ。これまでにNASAの「WMAP」やヨーロッパ宇宙機関(ESA)の「プランク」といった観測衛星によってCMBの精密な観測が行われており、プランクのデータに基づく2016年現在の最新のハッブル定数は66.93 ± 0.62 km/s/Mpcという値である。これは、天体までの距離が1Mpc(1メガパーセク=約330万光年)遠くなるごとに後退速度が秒速66.93 kmずつ速くなることを示す。

これとは別の方法でハッブル定数を決めるプロジェクトの一つが、米・宇宙望遠鏡科学研究所のAdam Riessさんらによる「SH0ES(Supernova, H0, for the Equation of State of Dark energy)」という観測プログラムだ。RiessさんたちはNASAのハッブル宇宙望遠鏡(HST)を使い、銀河に含まれるケフェイド変光星とIa型超新星を距離の指標として使うことでハッブル定数の精度を向上させる研究を6年間にわたって続けている。チームリーダーのRiessさんは宇宙の加速膨張を発見した功績で2011年のノーベル物理学賞を共同受賞した研究者だ。

ケフェイド変光星には「周期・光度関係」と呼ばれる便利な性質があり、変光の周期から星の真の明るさがわかる。こうして求めた真の明るさを見かけの明るさと比べれば、星までの距離を求めることができるので、遠くの銀河の中のケフェイド変光星を観測することでその銀河までの距離を知ることができる。しかしこの周期・光度関係にも誤差が含まれるので、ケフェイド変光星の距離を別の方法でより正確に知る必要がある。

そこでRiessさんたちはHSTを使って、まず天の川銀河の中にある8個のケフェイド変光星の年周視差をきわめて高い精度で観測した。年周視差とは、地球の公転によって地球に近い星の位置が1年周期でわずかに動く現象のことで、三角測量の原理から星までの距離を簡単に求められる。距離を求める方法としては最もシンプルだが、星が遠くなるほど視差は小さくなるため、ごく近い星にしか使えない。

研究チームでは新たな観測方法を工夫することで、これまでより10倍も遠い、最大1万2000光年までのケフェイド変光星の距離を視差から求めることに成功した。そして、年周視差から求めたケフェイド変光星の正確な距離をもとに、「距離のものさし」として広く使われてきたケフェイド変光星の周期・光度関係を誤差の少ないものに改良した。

ケフェイド変光星の「ものさし」を改良したことにより、研究チームでは、さらに遠い銀河までの距離の測定に使われる「Ia型超新星」の距離尺度の精度も改善した。Ia型超新星は爆発時の最大光度がどれも同じになるという性質があるため、見かけの明るさと比べることで距離がわかる。過去にIa型超新星が現れた銀河にケフェイド変光星も含まれていれば、そのケフェイド変光星までの距離を改良することでIa型超新星の「ものさし」の誤差も減らせるというわけだ。

NGC 3972とNGC 1015
今回分析された19個の銀河のうちの2つ。(左)おおぐま座のNGC 3972、距離6500万光年、(右)くじら座のNGC 1015、距離1億1800万光年。黄色い丸は銀河内に存在するケフェイド変光星の位置、+印はそれぞれの銀河に現れたIa型超新星。画像クリックで表示拡大(提供:NASA, ESA, A. Riess (STScI/JHU))

こうして、梯子を継ぎ足すようにして遠方の天体の距離を決めていく手法を「宇宙距離梯子」と呼ぶ。今回、Riessさんたちの成果によって宇宙距離梯子の誤差が改善されたことで、Ia型超新星を使って測定された銀河までの距離データも改善され、銀河の後退速度(銀河からの光の波長の伸び具合から計算)と距離から計算されるハッブル定数の値も誤差が小さくなった。

宇宙距離梯子
宇宙距離梯子を使った距離測定の説明図。天の川銀河の中(太陽系の近く)はケフェイド変光星とその年周視差、近傍銀河はケフェイド変光星とIa型超新星、遠方銀河はIa型超新星を用いて測定。画像クリックで表示拡大(提供:NASA, ESA, A. Feild (STScI), and A. Riess (STScI/JHU))

距離の改良を重ねたRiessさんたちの研究から導かれたハッブル定数は73.45 ± 1.66 km/s/Mpcという値になった。つまり、マイクロ波背景放射の観測から得られた値よりも速い速度で銀河が後退していることになる。両者の値の違いはおよそ9%に達し、この食い違いが偶然に生じる確率は5000分の1程度にすぎないと見積もられている。

「どちらの結果も複数の方法でチェックされているので、まだ気づいていない間違いがどこかにあるのでなければ、この不一致はバグではなく、宇宙自体の特徴であるという可能性が大きくなってきます」(Riessさん)。

不一致の原因はいくつか考えられる。一つは、宇宙膨張を加速させているダークエネルギーの寄与が現在の見積もりよりも強いか、または時間とともに強まっているという考え方だ。つまり、膨張の加速度自体が一定の値ではなく、時間とともに変化しているというアイディアである。また、光速に近い速度を持つ未知の粒子が宇宙に存在するために差が生じているというアイディアもある。こうした粒子はまとめて「暗黒放射(dark radiation)」とも呼ばれ、重力でしか相互作用をしない「ステライル・ニュートリノ」などが候補として挙げられている。さらに、重力しか及ぼさないと考えられているダークマターが通常の物質や電磁波と強く相互作用をしているためではないかという見方もある。

いずれの説も、もし正しければ初期宇宙の組成が変わることになり、現在の宇宙論モデルとは辻褄が合わなくなる。そうなれば、従来の宇宙論モデルを前提としてCMBの観測から導かれたハッブル定数も間違った値になりうるため、今回HSTの観測から導いた値とは食い違ってもおかしくはない。

研究チームの次の目標は、HSTとESAの位置天文衛星「ガイア」のデータを使うことでハッブル定数の精度をさらに上げることだ。ガイアが測定した視差のデータを使えば、星までの距離と位置をかつてない精度で決めることができる。「今回の不一致の原因を調べるには、ガイアの高い観測精度が必要となるでしょう」(宇宙望遠鏡科学研究所および米・ジョンズ・ホプキンズ大学 Stefano Casertanoさん)。

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