重力レンズ効果による宇宙膨張率の測定、ハッブルテンションを深刻化

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重力レンズ効果を利用して現在の宇宙の膨張率が高精度で測定された。後期宇宙の結果とは整合するが初期宇宙の結果とは一致せず、両者が異なるという問題「ハッブルテンション」を深める成果である。

【2025年12月11日 東京大学大学院理学系研究科

現在の宇宙の膨張率を表す「ハッブル定数」は重要な宇宙論パラメーターの一つであり、様々な手法で測定されている。誕生直後の初期宇宙に存在した熱放射の名残である「宇宙背景放射」の観測を元にした研究では、ハッブル定数は約67km/s/Mpcと導かれている。一方、超新星などを利用した後期(近傍)宇宙の観測では、ハッブル定数の値が約73km/s/Mpcと得られている。この両者の食い違いは統計的に無視できないほど顕著なものであり、「ハッブルテンション」(ハッブル定数の緊張)と呼ばれている。

この不一致の理由を解明することは、宇宙に存在する物質とエネルギー、それらを支配する物理法則、さらに宇宙の歴史を理解するうえで極めて重要だ。もし不一致が本当なら、新しい素粒子や宇宙初期の「ダークエネルギー」による加速度的膨張など、標準的な宇宙モデルを超える未知の現象が存在している可能性がある。

国際共同研究チーム「TDCOSMO Collaboration」は「時間遅延法」と呼ばれる手法を用いて、高い精度でハッブル定数の値を測定した。この手法では、手前の銀河が背後の活動銀河核(クエーサー)からの光の経路を曲げ、複数の像を作り出す「重力レンズ効果」を利用する。

重力レンズ効果を利用した観測の概念図
重力レンズ効果を利用した観測の概念図。手前の銀河(中央)による重力レンズ効果で背景のクエーサーの像が複数になり観測される(提供:M. Millon

重力レンズによって作り出されたそれぞれの像の明るさの変化は、像ごとに異なる時間で届く。この時間差から、天体までの距離と宇宙の膨張率を導くことができるというものだ。この際、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡や米・ハワイのケックII望遠鏡、チリの超大型望遠鏡VLTによって、レンズの役割を果たしている銀河内部の星の運動が精密に測定され、質量と重力レンズ効果の制約が大幅に向上した。

研究チームが8つの重力レンズクエーサーのデータを解析したところ、ハッブル定数の値として71.6(+3.9 -3.3)km/s/Mpcという値が得られた。これは後期宇宙の測定値と一致するが、初期宇宙の測定値とは一致していない。時間遅延法は他の測定法と独立しており、ハッブルテンションが観測上の系統誤差によるものではないことを示す強力な検証となる。

解析された8つの重力レンズクエーサー
解析された8つの重力レンズクエーサー(提供:TDCOSMO Collaboration et al. 2025, A&A

今回の測定では4.5%という高精度が達成されたが、研究チームは今後これを1.5%にまで高め、他の宇宙論的観測と同等のレベルに引き上げることを目指している。将来の新たな観測データの蓄積によって、ハッブルテンションが本当に新しい宇宙物理を示すものなのか、決定的な答えが得られるかもしれない。

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