宇宙膨張が標準理論と不一致?クエーサーの観測から示唆

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遠方宇宙のクエーサーの観測から、初期宇宙の膨張が標準宇宙モデルの予測と食い違っている可能性が示された。標準理論を超える新たな物理を考える必要があるかもしれない。

【2019年2月4日 ヨーロッパ宇宙機関

現在の標準宇宙モデルでは、人体や惑星、恒星などを形作っている「普通の物質」(バリオン)は宇宙全体のエネルギーの数パーセントしか占めていないとされている。宇宙の全エネルギーの約4分の1は、重力は及ぼすものの電磁波では観測できない「ダークマター」が担っていて、残り4分の3は宇宙の加速膨張を現在も引き起こしている「ダークエネルギー」という謎の物質が占めているとみられる。

この標準宇宙モデルを構築する基礎となったのは、約138億年前に起こったビックバンの熱放射の名残である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測と、より地球に近い(=時代が新しい)宇宙で得られた観測データだ。地球に近い宇宙の観測で得られる情報には、超新星爆発や銀河団の観測データや、遠方の銀河の像が重力レンズ効果で歪む効果の観測データなどがある。こうした観測結果は、今から約90億年前までの「最近」の宇宙膨張の様子を調べるのに使われる。

今回、伊・フィレンツェ大学のGuido Risalitiさんと、英・ダーラム大学のElisabeta Lussoさんたちの研究チームでは、宇宙膨張の歴史を調べる新たな指標として「クエーサー」を利用することで、近傍宇宙とビッグバン直後の宇宙の間にある観測の「空白域」を埋め、約120億年前までの宇宙膨張の様子を調べた。

クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールが周囲から猛烈な勢いで物質を吸い込み、桁外れの明るさで輝いている天体だ。物質がブラックホールへ落ち込むと、その周囲に降着円盤が形成され、円盤内の物質が摩擦で加熱されて可視光線や紫外線を強く放射する。円盤の周りに存在している光速に近い電子がこの紫外線とぶつかると、紫外線の光子はさらにエネルギーの高いX線となる。

クエーサーを使った宇宙膨張の測定
銀河中心の超大質量ブラックホールの周囲には降着円盤(オレンジ色)ができ、ここから強い紫外線が放射される。さらに、この紫外線が円盤の周囲にある高エネルギーの電子(青)と衝突することでX線も放射される。遠方の様々な距離にあるクエーサーを観測することで、宇宙膨張の歴史を調べることができる(提供:ESA (artist's impression and composition); NASA/ESA/Hubble (background galaxies))

クエーサーが放つ紫外線とX線の明るさの間には、一定の関係があることが以前から知られていた。3年前、RisalitiさんとLussoさんは、この関係を使えば、クエーサーが放つ紫外線の「真の明るさ」がわかるので、見かけの明るさと真の明るさの差からクエーサーまでの距離を見積もることができることに気づいた。多くのクエーサーまでの距離がわかれば、宇宙膨張の歴史を調べることもできる。

このように、真の明るさと見かけの明るさの差から距離を測ることができる天体は「標準光源」と呼ばれている。最もよく知られている例は「Ia型超新星」だ。Ia型超新星の真の明るさはどれも同じと考えられているため、ピンポイントで距離を知ることができる。1990年代後半には、この手法でIa型超新星までの距離を求めることで、宇宙が過去数十億年にわたって加速膨張してきたことが明らかになっている。

「クエーサーを標準光源として使う方法には非常に大きな可能性があります。クエーサーを使えばIa型超新星よりもずっと遠くの宇宙を観測できますから、より初期の宇宙の歴史を探ることができます」(Lussoさん)。

今回Risalitiさんたちは、ESAのX線宇宙望遠鏡「XMMニュートン」の過去の観測データから7000個以上のクエーサーのX線データを集め、これをスローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)による地上からの紫外線観測の結果と組み合わせた。さらに、XMMニュートンやNASAのX線宇宙望遠鏡「チャンドラ」、「ニール・ゲーレルス・スウィフト」で得られた、より遠方や比較的近傍のクエーサーのデータも利用した。これら大量のデータから最終的に1600個のクエーサーを選び出し、紫外線とX線の明るさからクエーサーまでの距離を求めた。

「約120億年の範囲にわたっているクエーサーのサンプルと、より近い80億年前までの範囲をカバーするIa型超新星のサンプルを組み合わせて分析したところ、両方の天体が存在する最近の宇宙では、宇宙膨張の速度はどちらの天体から求めても似た結果になりました。しかし、クエーサーしかない初期宇宙については、クエーサーの観測から導いた実際の膨張速度と標準モデルの予測との間に食い違いがあることがわかりました」(Lussoさん)。

Ia型超新星およびクエーサーまでの距離
Ia型超新星(水色)とクエーサー(黄色、赤、青)を使った距離の測定結果。縦軸が天体までの距離、横軸が宇宙の年齢(単位:10億年)を表し、右に行くほどビッグバンに近い初期宇宙を表す。ピンクの破線が近傍宇宙の観測だけをもとに標準宇宙モデルで導いた予測で、黒の実線がすべての観測に最もよく合う曲線を示す。クエーサーでしか調べることができないグラフの右の方(初期の宇宙)で、両者に食い違いが見られる(提供:Courtesy of Elisabeta Lusso & Guido Risaliti (2019))

このような食い違いは、現在の宇宙の膨張速度を表す「ハッブル定数」の値についても最近見つかっている。超新星や銀河団など、近傍の宇宙の観測から導いたハッブル定数が、CMBの観測から導いた値と合わないのだ。こうした食い違いを解消するためには、標準宇宙モデルに新たなパラメーターを追加する必要があるかもしれない。

「考えられる解決策の一つは、標準理論では一定とされているダークエネルギーの密度が、時代とともに増えると仮定することです。このモデルは、宇宙膨張の歴史に見られる矛盾とハッブル定数の矛盾とを同時に解決できる興味深いものです。しかし、最終的な審判はまだ下されていません。この宇宙の難題を解くにはもっとたくさんのモデルを詳しく検討すべきでしょう」(Risalitiさん)。

Risalitiさんたちは、分析成果を改善するためにより多くのクエーサーが将来観測されるのを心待ちにしている。またESAでは、2022年に宇宙望遠鏡「ユークリッド」の打ち上げを予定している。「ユークリッド」は100億年前までさかのぼって宇宙膨張の様子を観測し、ダークエネルギーの正体を調べる予定だ。これによっても新たな手がかりが得られることだろう。

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