ダークマターの地図をAIで掘り起こす

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スーパーコンピューターが作った仮想宇宙データでAIを訓練し、現実の観測データからダークマターの分布を調べる際に入り込むノイズを除去する手法が考案された。

【2021年7月9日 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト

宇宙を構成する物質のうち約80%は電磁波で観測できないダークマター(暗黒物質)で占められていることが、最新の宇宙論で示唆されている。ダークマターは重力によって恒星や銀河などの目に見える物質に影響を与えるが、その正体は不明のままだ。正体や性質を知る手がかりとなるのは宇宙におけるダークマターの分布だが、その分布を調べる試みはある困難にぶつかっていた。

ダークマターの重力は重力レンズ効果を引き起こし、それによって光の経路が曲げられる。そのため、遠くの銀河と私たちの間にダークマターが存在すれば、レンズ越しに見たかのように銀河の像が大きくなったり歪んだりする。国立天文台のすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ「HSC(Hyper Suprime-Cam、ハイパー・シュプリーム・カム)」を用いた観測では、広い領域を撮影して多くの銀河の姿をとらえ、その歪みからダークマターの分布を算出しようとしている。

しかし、見えている銀河の本来の姿がわからなければ、どの程度歪んでいるかもわからない。また、暗い銀河は形状を測定すること自体が難しい。こうした不確定要素があるため、銀河像の歪みを統計的に処理して求めたレンズマップ(ダークマターの分布図)にはノイズが入り込んでしまう。銀河団のようにダークマターが特に集中した領域周辺でない限り、ノイズの影響は無視できないレベルだった。

この困難に対して、国立天文台/統計数理研究所の白崎正人さんたちの研究チームはAI(人工知能)のディープラーニング(深層学習)を使って、観測量を増やすことなくノイズを取り除く手法を考案した。「シミュレーション研究などでノイズのない美しい暗黒物質の地図を見ていた私は、観測から得られるノイズの影響を受けたレンズマップになんともやりきれない気持ちになりました。ある日、AIが作成した人工物とは思えない人の顔の写真をインターネットで見つけ、AIを使ったノイズ除去の可能性を思いつきました」(白崎さん)。

研究のイメージ図
研究のイメージ図。深層学習を使い観測データからノイズを取り除くことで、埋もれていた暗黒物質の情報が得られるようになる(提供:統計数理研究所)

ディープラーニングは、大量のデータをAIに読み込ませ、そこから特徴を学習させる技術だ。AIをこのように訓練するためのデータとして、研究チームは国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」によるシミュレーションで仮想宇宙のレンズマップを作成した。訓練データと現実の観測データのわずかな違いが結果に大きな影響を与えないように、宇宙論のパラメーターを様々に変えながらシミュレーションを繰り返し、想定される観測誤差も変えつつ、ノイズなし・ありのレンズマップを25000組作成している。AIにはノイズありのレンズマップからノイズを除去させ、それをアテルイIIが作ったオリジナルのノイズなしレンズマップと比べることで、より正しくノイズが除去できるように訓練した。

敵対的生成ネットワークの概念図
研究で用いられた敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks; GAN)の概念図。GANは2つのネットワーク(≒AI)で構成される。1つ目のネットワークは画像変換器Gと呼ばれ、ノイズ入りレンズマップからノイズなしのレンズマップを推定して出力する。2つ目のネットワークは画像識別器Dと呼ばれ、変換器Gが作成したレンズマップと真のノイズなしレンズマップとを見比べて、変換器Gが作成した画像を偽物と見破ろうとする。2つのネットワークに多数のノイズなし・ありレンズマップのペアを入力することで、Gはより本物に近いレンズマップを作るように、Dはより正確にGの作る偽物を見破るように訓練される(提供:国立天文台)

こうしてディープラーニングを終えたAIは、現実のデータからもノイズを取り除くことができるようになった。従来はノイズに埋もれて発見が難しかった、少数の銀河の集団を取り巻く低密度なダークマターも検出できるようになったという。

HSCによるレンズマップ作りは、最終的に1400平方度(およそ満月7000個分相当)の領域をカバーする計画だが、今回の研究ではそのうちおよそ1.5%程度しか使っていないという。大規模なレンズマップに対して今回の手法を適用し、低密度なダークマターの分布を浮かび上がらせることによって、平均密度や粒子質量といったダークマターの基本的な性質を知る手がかりが得られると期待されている。

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