塵のベールに隠された、宇宙の夜明け時代のクエーサー
【2025年9月17日 すばる望遠鏡】
銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールが周囲の物質を飲み込むと、強烈な光を放つ「クエーサー」と呼ばれる天体として観測される。クエーサーの光は銀河のガスや塵を吹き飛ばして、銀河の成長や進化に影響を及ぼす。銀河の進化は宇宙の進化と直結しているため、クエーサーを理解することは銀河だけでなく宇宙そのものの成り立ちと歴史を知るうえできわめて重要だ。
クエーサーが放つ光には、ブラックホール周囲で高速回転する物質が放つ「広輝線」(ドップラー効果で幅が広がったスペクトル線)が見られる。この広輝線を手掛かりとして、初期宇宙に存在するクエーサーが発見されてきたが、この手法には大きな制約があった。観測の際にはクエーサーが放つ紫外線(赤方偏移により可視光線として観測される)を目印とするが、紫外線は塵に吸収されやすく、多くの銀河に豊富に存在する塵に阻まれてしまい銀河外まで届かない。そのため、これまでに見つかったクエーサーは氷山の一角にすぎないのではないかと考えられてきた。
(左)初期宇宙で塵に隠されたクエーサーの想像図(提供:国立天文台)
愛媛大学の松岡良樹さんたちの研究チームは、すばる望遠鏡による遠方クエーサーの広域探査で偶然見つかった、初期宇宙にきわめてまれに存在する特別に明るい銀河(以下「最高光度銀河」)に注目した。これらは当初、広輝線が確認されず、クエーサーとは考えられていなかった天体だ。
松岡さんたちはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の近赤外分光器「NIRSpec」を用いて、11個の最高光度銀河を観測した。従来は「クエーサーから放射された紫外線の波長が伸びて届いた可視光線」を調べていたのだが、今回は「放射された可視光線の波長が伸びて届いた赤外線」を狙うという戦略だ。可視光線は紫外線より透過力が高く塵を抜けやすいが、それでも微弱な赤外線となるため、JWSTによる観測が必要となる。
観測の結果、7個の銀河で明瞭な広輝線が確認され、塵に覆われて紫外線では見えなかったクエーサーの存在が明らかになった。宇宙誕生の3億年後ごろに当たる「宇宙の夜明け」と呼ばれる時代に、塵に隠された明るいクエーサーが発見されたのは、世界初のことだ。
今回の研究で観測された初期宇宙の最高光度銀河。(左パネル)すばる望遠鏡による発見時の画像。(右パネル)JWSTによる追観測で得られたHα輝線のスペクトル。左の7個の銀河では輝線の裾が広がっており、右の4個の銀河では輝線の裾はそれほど広がっていない(提供:愛媛大学 松岡良樹 / 国立天文台 / NASA)
クエーサーを持つ銀河と持たない銀河のスペクトルの比較。通常の銀河(上)では幅の狭い輝線が見られる一方、クエーサーを持つ銀河(下)ではブラックホール周囲の水素ガスが高速回転するため、ドップラー効果で幅が広がった「広輝線」が観測される(提供:愛媛大学 松岡良樹 / 国立天文台)
スペクトルを詳しく調べたところ、ブラックホールは太陽数億個分程度の質量をもち、太陽の数兆倍のエネルギーを放射していることがわかった。これらの値は、初期宇宙でこれまで知られてきた、塵に隠されていない(普通の)クエーサーに匹敵するものだ。塵によってクエーサーが放つ光が大きく吸収され、可視光線の約70%、紫外線では約99.9%が失われてしまい、それが原因で従来の観測で見逃されていたこともわかった。
また、クエーサーの数密度の比較から、塵に隠されたクエーサーが既知のクエーサーと同じくらい存在することも判明した。初期宇宙における明るいクエーサーの数は、これまで考えられてきたより少なくとも2倍に増えることになる。
「今回の成果は、すばる望遠鏡とJWSTという、現代最強の2基の望遠鏡で成し遂げられました。『すばるで見つけ、JWSTで追究する』という戦略はとても有効です。今後の研究の一つのロールモデルとなるでしょう」(松岡さん)。
〈参照〉
- すばる望遠鏡:塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール
- The Astrophysical Journal:SHELLQs. Bridging the Gap: JWST Unveils Obscured Quasars in the Most Luminous Galaxies at z > 6
〈関連リンク〉
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