灯台もと明るし、見過ごされてきたクエーサー周辺

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アルマ望遠鏡で観測可能なコントラストを大幅に引き上げる手法により、全天一明るいクエーサー3C 273の周囲に淡い電波放射が初めてとらえられた。

【2022年6月6日 工学院大学

おとめ座の方向にある3C 273は、一見恒星のような明るい天体だが、実際には24億光年離れた銀河の明るい中心核だ。その正体は大量の物質を吸い込みながらエネルギーを解放している超大質量ブラックホールである。このような天体はクエーサーと呼ばれるが、3C 273はその中でも特に明るく、電波では灯台のように空の位置の基準として観測されることもある。

一方でこの中心部の明るさに隠れてしまうため、3C 273を宿す銀河(母銀河)全体の姿や周辺部の構造はほとんど観測できていない。とくに、ダイナミックレンジ(明るい部分と暗い部分を同時に検出する能力)が小さくなりがちな電波望遠鏡では観測が困難だった。「灯台もと暗し」ならぬ「灯台もと明るし」だ。

アルマ望遠鏡の場合、精度良く観測できるダイナミックレンジは数百倍程度までとされ、一般的なデジタルカメラ(数千倍)よりもずっと小さい。そこで工学院大学教育推進機構の小麦真也さんたちの研究チームは、電波観測で極めて高いダイナミックレンジを得る手法を開発し、3C 273の母銀河の周囲に淡く広がる電波放射をとらえた。

3C 273
3C 273。(左)ハッブル宇宙望遠鏡の観測。望遠鏡内で散乱した光が放射状に漏れており、右下に中心核から放出されている高エネルギージェットが見えている。(右)アルマ望遠鏡の観測(擬似カラー)。中心の明るい部分は差し引かれている。今回発見された3C 273付近の淡く広がった電波放射は、右下のジェットと比べてもとても弱い(提供:Komugi et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope)

小麦さんたちはまず、3C 273自身の明るさを電波の強さの基準とする自己較正と呼ばれる方法を適用し、さらに電波の周波数や時間変動を細かく補正することによって、天体の電波が周囲に漏れ込んでノイズとなることを極力抑え込んだ。この結果、8万5000倍というダイナミックレンジが実現できた。

クエーサーの周囲で観測される電波放射は、超大質量ブラックホールから噴出するジェットなどで高速に加速された粒子が放つシンクロトロン放射であることが多い。しかし今回見つかった3C 273周辺の電波放射からは、シンクロトロン放射に特徴的な周波数による強度の違いが見られなかった。そこで研究チームでは、今回の電波放射は3C 273からの強烈な光が母銀河の星間ガスを直接照らすことで発生する「熱制動放射」だと結論づけている。活動銀河核に照らされたガスからの熱制動放射が数万光年という広い範囲にわたって見つかるのは初めてだ。

高エネルギージェットを持つ巨大銀河の想像図
高エネルギージェットを持つ巨大銀河の想像図(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO))

クエーサーの強力な輝きは、星の材料となる水素ガスを電離させてしまい、銀河における星の形成を妨げるのではないかと指摘されてきた。これを検証するため、従来の研究では可視光線で電離した水素ガスを直接観測する手法が用いられてきた。しかし、電離したガスが可視光線を放出するメカニズムは複雑で、星間空間の塵による光の吸収もあり、電離したガスの量の見積もりは難しかった。

今回観測された熱制動放射は、電波の放出メカニズムがシンプルで、塵による減光もない。そのため、母銀河に存在する電離ガスの量を見積もることが容易となる。小麦さんたちの解析では、3C 273からの光の7%程度以上が母銀河の水素ガスに吸収されていることが明らかになった。それによって発生した電離ガスは、太陽質量の100億~1000億倍もあるが、一方で星形成直前の状態にある水素分子ガスも大量にあり、銀河全体として星の形成が阻害されているようには見えないこともわかった

「本研究はこれまで可視光線観測によって行われてきた研究テーマに対し、電波観測による新手法を提供するものです。今後同様の手法を他のクエーサーにも適用することで、銀河とその中心核がどう互いに影響しあって進化していくのか、理解が進むことが期待されます」(小麦さん)。

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