火星の大気から塩化水素を検出

このエントリーをはてなブックマークに追加
欧州とロシアの火星探査ミッション「エクソマーズ」の観測で、火星の大気から初めて塩化水素ガスが検出された。また、火星の水が宇宙空間へ逃げ出す仕組みについて新たな情報が得られた。

【2021年2月18日 ヨーロッパ宇宙機関

ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とロシア・ロスコスモスの共同による火星探査ミッション「エクソマーズ(ExoMars)」の周回機「微量ガス探査オービター(Trace Gas Orbiter; TGO)」による観測結果をもとにした、火星の季節変化に伴って地表と大気の間で起こる相互作用について新たな知識をもたらす成果が発表された。

1つ目の論文では、2018年に火星で全球規模のダストストーム(砂嵐)が発生していた際に大気から塩化水素(HCl)が初めて検出されたことが明らかにされた。ダストストームが終わると、塩化水素も検出されなくなった。

塩化水素は水素原子と塩素原子が結合した分子だ。塩素を含むガスは火山活動によって放出される可能性があるため注目されたが、他に火山活動で放出される硫黄などが検出されなかったこと、塩化水素が同時に遠く離れた場所で検出されたことから、エクソマーズの研究チームは火山ではなくダストストームに原因があると考えた。

火星の地表には、かつて存在した海の名残で塩化ナトリウム(NaCl)が存在し、これがダストストームの強風で舞い上がる。一方、夏になると極冠の氷が蒸発し、大気中に水蒸気(H2O)が放出される。NaClとH2Oが反応して塩素原子が分離することがあり、これが水素原子を含む分子と反応することで塩化水素ができるというわけだ。研究チームではダストストームや季節の変化に伴う塩化水素の変化に注目して観測を続ける予定だ。

塩化水素ガスの生成プロセス
塩化水素ガスの生成プロセスのイラスト。地球でも、海塩が飛ばされて空気中へ入り込み水蒸気と混ざると、塩素から塩化水素ガスが形成される。さらに火星上では未発見の他の生成プロセスが起こっているかもしれない。また、さらなる反応によって、酸素と塩素でできた塩の一種が火星の表面へ戻る可能性もある(提供:ESA、以下同)

また別の論文では、火星の表面から水が失われたプロセスについて分析しているが、ここでも季節の変化が関わっていた。

火星の地表には、かつて水が豊富に存在していたことを示す河川などの跡が残されているが、今では水は極冠や地下に閉じ込められていて、さらに少しずつ水素と酸素に分解されて大気から宇宙空間へ逃げ出している。水素原子には通常のものよりも中性子が1つ多くて質量が大きい「重水素」という同位体が存在するが、軽い原子ほど重力を振り切りやすいため、水が宇宙へ逃げている状況では重水素が残りやすく、割合が増えていくことが予想できる。

TGOは火星大気中の水蒸気における重水素の割合を測定し、高度や季節によって劇的に変化することを明らかにした。火星全体で見ると、水素に対する重水素の割合は地球の海水に比べて6倍も多く、大量の水が年月とともに失われたことを示している。

2018年4月から2019年4月までのTGOの観測結果は、大気から水が逃げ出す速度が加速した時期が3回あったことを示す。そのうち2回はダストストーム発生時、残る1回は極冠の氷が蒸発する南半球の夏だった。「今回の2つの研究成果である、大気からの水の離脱の加速や塩化水素の検出に関わるダストストームに背後で大きく関わっているのは、火星における季節の移り変わり、とくに比較的暑い南半球の夏です」(エクソマーズTGOプロジェクトサイエンティスト Håkan Svedhemさん)。

TGO
重水素の比を計測して大気内を上昇する水蒸気を調べるTGOのイラスト