クエーサーの構造を反映する銀河周囲のガスの非等方性
【2022年7月27日 信州大学】
クエーサーは遠方の宇宙で多く観測される点状の天体であり、その正体は銀河中心核に潜む超大質量ブラックホールの活動だと考えられている。ブラックホールに大量のガスが流れ込むと、降着円盤と呼ばれる構造を形成するが、その中でガスが超高温になり、ときに銀河本体の100倍以上もの明るさになる輝きを生むのだ。
クエーサーが発する紫外線は周囲の水素ガス(中性水素)を電離して陽子と電子に分解してしまうが、その影響は銀河周囲に広がる銀河間ガスにまで及ぶ。中性水素は特定の波長の光を吸収するので、その吸収の強さを観測すれば、特定方向の銀河間ガスがどれだけ電離しているか(あるいは中性水素が残っているか)を判断できる。たとえば、クエーサーの光を調べれば、クエーサーと私たちの間にある視線方向の銀河間ガスの電離度合い(電離レベル)がわかる。
一方、それ以外の方向については、考察対象のクエーサーとほぼ同じ方向でさらに遠くに位置するクエーサーの光を観測すれば良い。クエーサーが全方向に同じだけ紫外線を放射していれば、どちらの場合でも水素は同程度に電離しているはずだ。ところがこれまでの観測によれば、クエーサーと私たちの間にある水素の方が、それ以外の方向の水素ガスより多く電離されていた。
クエーサー自身の光(A)を観測すると、クエーサーから私たちに向かう方向にある水素ガスの電離レベルがわかる。一方、さらに遠くにある別のクエーサーの光(B)を観測すれば、離れた方向の電離レベルがわかる(提供:信州大学)
信州大学の三澤透さんたちの研究チームは、この違いがクエーサーの構造によるものだと予想した。光り輝く降着円盤の外側には、光を遮る塵がドーナツ状に分布したダストトーラスが存在すると考えられる。これまで調査の対象になったクエーサーが、全て降着円盤の面をこちらに向けていたのであれば、その方向でのみ紫外線が強く、電離レベルが高かったのだと理解できる。
実際、先行研究では「BALクエーサー」と呼ばれる特定のグループが、解析が困難だという理由から調査対象から外されていた。BALクエーサーはスペクトル上に幅の広い吸収線(Broad Absorption Line)を持つのが特徴で、これは降着円盤とほぼ平行に噴き出すガスの流れである「アウトフロー」によると考えられている。つまり、BALクエーサーの降着円盤は私たちから見て横向きであるはずだ。
クエーサー中心部の想像図。(左)クエーサーの発光領域はドーナツ状の遮蔽構造(ダストトーラス)で覆われているため、中心部からの紫外線放射は指向性を持つと考えられている。(右)銀河中心ブラックホールの周囲に明るく輝く円盤(降着円盤)が存在し、そこからメッシュ構造に沿う向きにアウトフローとよばれるガスが放出される。アウトフローは降着円盤に近い角度で放出されると考えられている(提供:信州大学、国立天文台)
三澤さんたちはスローン・デジタル・スカイ・サーベイのクエーサーカタログから12個のBALクエーサーを選び出し、すばる望遠鏡による観測データも加えて、周囲の中性水素ガスの量を調べた。それぞれのBALクエーサーのさらに奥にあるクエーサーを観測したところ、中性水素ガスによる吸収はこれまで観測されたクエーサーの4分の1程度かそれ以下だった。
このことは、BALクエーサーでは私たちの視線とは垂直な方向へ、ダストトーラスに遮られることなく紫外線が発せられていて、中性水素が電離されていることを示している。クエーサー周辺の水素の電離がダストトーラスによって影響を受けているという仮説を裏付けるものだ。
BALクエーサーの場合、視線方向にダストトーラスがあり、それとは垂直な方向に紫外線が出て水素を電離しているため、奥のクエーサーからの光は中性水素による吸収を受けにくい(提供:信州大学)
クエーサーの標準的なモデルではダストトーラスは不可欠な構造であるとされているが、その存在を観測的に支持する今回の成果は、クエーサーの内部構造を探る上で重要となる。
〈参照〉
- 信州大学:クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
- The Astrophysical Journal:Exploratory Study of Transverse Proximity Effect around BAL Quasars 論文
〈関連リンク〉
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