衝突の記憶を刻む小惑星由来の隕石

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2008年に軌道上で発見され、直後にスーダンに落下した隕石の分析から、この隕石の母天体だった小惑星がかつて衝突を経験していたと思われる痕跡が見つかった。

【2022年4月21日 国立極地研究所

2008年10月6日、地球接近小天体を捜索するカタリナ・スカイ・サーベイによって、直径約2mの小惑星「2008 TC3」が発見され、翌7日にスーダンに落下した。落下後の捜索では200個以上の隕石片が計4kg回収され、「アルマハータ・シッタ隕石」と命名された(参照:「衝突天体パトロール、落下目前の小惑星を発見」「地上の小惑星、砂漠で発見」)。軌道上で検出された小天体が地球に落下し、回収されたのはこれが初めてだ。そのため、この隕石は小惑星由来であることが明確で、落下後に地球環境による汚染もあまり受けていない貴重なサンプルだとされている。岩石としては、起源や組成が異なる岩片が混ざりあっている「角礫岩」の特徴を持つ。

このアルマハータ・シッタ隕石の岩片の一つ「MS-177」は、隕石に含まれる同位体の組成などが地球と似ている「エンスタタイト・コンドライト」という種類で、鉄の存在量が少ない「EL(Low iron)」グループに属する。

国立極地研究所の木村眞さんたちの研究チームは、この隕石片を、同じELグループに属する南極隕石「Asuka-881314」と比較し、同じグループの隕石どうしで形成環境などがどう違うかを調べてみた。

ELコンドライトには特異な鉱物がいくつも含まれている。たとえば、普通の隕石や地球の岩石でケイ酸塩鉱物の中に存在するケイ素が、エンスタタイト・コンドライトでは金属鉄の部分にも含まれている。また、通常はケイ酸塩鉱物に取り込まれているマグネシウムやカルシウムが硫化鉱物の中にも含まれている。こうした特徴は、エンスタタイト・コンドライトの元になった物質や母天体が、他のコンドライトよりも還元的な(=酸素の乏しい)環境でできたことを示している。木村さんたちの分析で、MS-177とAsuka-881314はどちらもこうした特異な鉱物を含んでおり、ELコンドライトの特徴を確認できた。

また、両方の隕石を光学顕微鏡で観察して組織を分析したところ、どちらにもケイ酸塩鉱物を主成分とする球粒(コンドルール、またはコンドリュール)が多く含まれており、形成後にほとんど加熱を受けていない始源的な「EL3」という分類に当てはまることがわかった。

MS-177の顕微鏡写真
(a)MS-177の切片の顕微鏡写真。輪郭がはっきりしたコンドルールを豊富に含み、全体的に黒っぽい。(b)同じ切片を電子顕微鏡で撮影した画像。暗い部分はコンドルール、明るい部分は鉄・ニッケル合金や硫化鉄(トロイライト)を示す。 (c)同じ切片に含まれるマグネシウム・カルシウム・アルミニウムを赤・緑・青で表した、各元素の分布。(d)組織の拡大画像。明るい部分は微細な鉄・ニッケル合金や硫化鉄がケイ酸塩鉱物の中に多く含まれていることを示し、このために切片が(a)のような黒っぽい色を呈している(提供:M.Kimura et al.)

ところが、MS-177の鉱物組成を調べてみると、形成後に加熱を受けている痕跡が見つかった。Asuka-881314や他のEL3隕石にはこのような加熱の痕跡は見られない。ただし、MS-177のコンドルールが保たれているため、加熱はごく短時間で、温度も岩石が融けるほどではなかったとみられる。このことから木村さんたちは、加熱の原因はこの隕石の母天体となった小惑星同士の衝突ではないかと推定している。

MS-177の薄い切片の顕微鏡写真の一部
MS-177の切片の光学顕微鏡画像。丸い球粒(コンドルール)をたくさん含んでいる。全体に暗色の鉱物が多いことから、激しい衝突現象を経験していることが示唆される。写真の横幅は2.5mm(提供:M.Kimura et al、国立極地研究所リリース)

エンスタタイト・コンドライトではMS-177のように加熱を経験しているものも従来から知られていたが、加熱の原因は不明だった。今回の研究によって、加熱の原因が母天体の衝突だったらしいことが明らかになった。これはエンスタタイト・コンドライト天体で衝突現象が特に頻繁に起こっていたことを示唆するもので、天体の初期形成過程を明らかにする上で重要な知見だと研究チームでは考えている。