太陽系形成より古い有機分子を炭素質隕石から検出
【2020年12月14日 九州大学】
地球以外の太陽系天体、特に小惑星からは、様々な有機物が検出されている。そうした有機分子の起源は太陽系の誕生の場となった星間分子雲にあるはずだが、そこに元々どのような物質が存在し、その物質がどのように変化したのかについては、まだ多くの謎が残されている。
「ヘキサメチレンテトラミン(C6H12N4、HMT)」は、その謎を解明する鍵となる有機分子だ。理論上、HMTは星間分子雲での光化学反応で生成される主要な物質の一つであり、なおかつ比較的蒸発しにくいので、太陽系形成時の材料になりうる。また、HMTは水とともに加熱されると、隕石に含まれるアミノ酸や糖といった複雑な有機化合物の生成に欠かせないホルムアルデヒドとアンモニアを生成するので、小惑星上における分子生成反応の材料として期待されていた。
ヘキサメチレンテトラミンに関わる化学反応。星間分子雲内の物質が紫外線と反応してHMTが生成された後、太陽系が誕生し、比較的温度の高い小惑星上で、HMTが熱を伴った水との反応によって糖類やアミノ酸に分解される(提供:九州大学リリース)
ところが、肝心のHMTはこれまで地球外で見つかったことがない。宇宙空間を赤外線や電波で観測しても、地球に飛来した隕石を分析しても、HMTの痕跡は検出できなかったのだ。
このうち赤外線などでの観測では、HMTの存在を示す信号が他の物質の信号と重なってしまうなどして検出するのが難しいと考えられる。一方、隕石から検出できないのは、成分を抽出する際に用いる強酸や熱湯がHMTを分解しているからかもしれない。
北海道大学低温科学研究所の大場康弘さんたちの研究チームは、HMTを分解してしまわないように配慮して隕石から水溶性成分を抽出し、高速液体クロマトグラフ-超高分解能質量分析計を用いて分子レベルの精密分析を行った。分析の対象としたのは、いずれもアミノ酸などの有機化合物を豊富に含むマーチソン隕石、タギシュレイク隕石、マレー隕石という3つの炭素質隕石である。
その結果、全ての炭素質隕石からHMTが検出された。その濃度は隕石1g当たり最大846ng(ナノグラム、1ng=10-9g)であり、同じ隕石に含まれるアミノ酸の量に匹敵するほど多いことがわかった。隕石落下地点の土壌サンプルを分析したり抽出の過程を精査したりした結果から、HMTが地球落下後に紛れ込んだのでも分析中に生成されたのでもなく、最初から隕石に含まれていたものであると考えられるという。
比較的高温な小惑星の環境上では、HMTは新たに生成されるよりもホルムアルデヒドとアンモニアに分解されやすい傾向にある。従って、今回の研究で検出されたHMTは主に約46億年前の太陽系形成に先立って、星間分子の光化学反応で生成されたと考えられる。これまで、隕石中の有機物が太陽系形成以前の化学反応で作られたものかどうかを調べるには重水素の濃度から判断する方法があったが、太陽系形成前に生成された特定の有機分子が確認されたのは今回が初めてだ。
今回の分析では、隕石ごとにHMTの濃度が大きく異なることもわかった。小惑星によってHMTを分解する反応の程度が違ったことや、そもそも小惑星が誕生した時点でHMTの量にばらつきがあったことなどが理由として示唆されている。つまり、様々な隕石でHMTの量を比較することで、太陽系形成前後に起こった化学反応の全容を明らかにできるかもしれない。研究チームには小惑星リュウグウのサンプルを地球に持ち帰ったJAXAの探査機「はやぶさ2」や小惑星ベンヌでサンプル回収に成功したNASAの探査機「オシリス・レックス」のプロジェクトメンバーも加わっており、これらのサンプルからもHMTの検出を試みたいとしている。
〈参照〉
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