天の川銀河中心のブラックホールはゆっくり自転

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天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール「いて座A*」の回転は、周囲に顕著な影響を与えるほど速くはないようだ。

【2020年10月27日 ハーバード・スミソニアン天体物理学センター

私たちの天の川銀河の中心に太陽の400万倍の質量をもつ超大質量ブラックホール「いて座A*(エー・スター)」が潜んでいることを突き止めた研究が、2020年のノーベル物理学賞の対象に選ばれたことは記憶に新しい。他にも多くの銀河の中心に潜んでいることが明らかになっている超大質量ブラックホールだが、その性質は基本的に「質量」と「回転量」という2つの数値で言い表せる。

ブラックホールの質量は重力によって周囲に大きな影響を与える。銀河の形成や進化は中心の超大質量ブラックホールに左右されるし、いて座A*がブラックホールだと確認されたのも回りの星々の運動から質量を計算できたからだ。一方、ブラックホールがどれだけの速さで自転しているかを調べるのは難しい。

アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量を持つ物体が回転すると、周囲の空間を引きずるように歪ませる効果が働く。ただし、その引きずり効果は極めて微弱で、21世紀になるまで現実に観測されたことはなかった(参照:「アインシュタインの一般相対性理論を実証する証拠をまた1つ発見」)。超大質量ブラックホールが回転していた場合、引きずり効果によって周囲の恒星の軌道はゆっくりと変化していくはずだが、その度合いは数百万年単位で観測を続けなければ検出できない。

米・ノースウェスタン大学天体物理学学際的探査研究センターのGiacomo Fragioneさんと米・ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのAvi Loebさんは、個々の恒星の動きだけを見るのではなく、統計を取ることでいて座A*の性質を解明しようとした。いて座A*に最も近い領域に存在する、Sスターとも呼ばれる星々は、光速の数パーセントにも達するスピードで公転しているが、2人はそうしたSスター40個の軌道がどのように分布しているかを調べたのである。

シミュレーションで示されたSスターの公転軌道
シミュレーションで示されたSスターの公転軌道。Sスターのうちの一つ「S2」の公転周期は16年で、2018年5月にいて座A*の近くを通過し、アインシュタインによる予言を実証する観測結果が得られた(参照:「天の川銀河中心の星の運動からアインシュタインの予言を実証」)(提供:ESO/L. Calçada/spaceengine.org))

40個のSスターは2つのグループに分けることができ、それぞれのグループのSスターはほぼ同じ平面の中で公転している。一方、いて座A*の回転による引きずり効果は、ほんのわずかずつ、恒星の公転方向をいて座A*の自転方向にそろえようとする。そのため、仮にSスターのどちらかのグループが最初からいて座A*の自転と同じ方向に公転していたとしても、もう片方のグループには引きずり効果が作用する。そしてその影響は恒星がいて座A*に近いほど大きく作用する。

もしいて座A*が極めて高速で回転していた場合、いて座A*の近くを回るSスターの軌道面は自分のグループからずれる傾向が見られるはずだが、現実のSスターの軌道分布にはそれが表れていないという。Loebさんたちは、ブラックホールの表面の動きが光速に達する回転速度を1とした場合、いて座A*の回転量は0.1以下だと結論づけた。

他の銀河の中心にある超大質量ブラックホールの中には、引き寄せた物質の一部をジェットとして噴出しているものがある。このジェットを放つメカニズムには超大質量ブラックホールの自転が関わっているが、今回見積もられたいて座A*の回転量では、ジェットが生じる見込みはないという。「実際、いて座A*におけるジェットの活動を示す証拠はありません。イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)による観測データの分析から、さらなる情報が得られることでしょう」(Fragioneさん)。

〈参照〉

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