天の川銀河の構造を伝える、銀河中心のSiOメーザー星の固有運動
【2025年6月5日 桜美林大学】
天の川銀河の中心部には、星の集団が作る複数の構造が存在する。最も内側には銀河中心の超大質量ブラックホール「いて座A*」のすぐ近くを公転する「S星」と呼ばれる星々があり、その外側、いて座A*から10~20光年ほどの領域には、O型の恒星やウォルフ・ライエ星が数多く含まれる若い星が中心の「中心核星団(NSC; nuclear star cluster)がある。さらに中心核星団の周囲に、比較的年老いた星が集まる円盤状の構造「中心核星円盤(NSD; nuclear stellar disk)がある。
(上)天の川銀河の中心領域の構造。明るい部分ほど星が密集している。(下)赤外線天文衛星「スピッツァー」の観測による、中心核星団の中間赤外線画像(出典:天文月報 2023年6月号)
これらの構造の成り立ちや、構造に属する星を理解することは、天の川銀河の形成や進化の歴史を明らかにすることにつながる。そこで銀河中心領域を観測する際に便利なのが、「SiOメーザー星」と呼ばれる天体だ。このタイプの天体は一酸化ケイ素分子のメーザーを放射していて、アルマ望遠鏡でいて座A*の位置を参照しながら、SiOメーザー星の位置や動きを非常に高精度で測定できるという特徴がある。
SiOメーザー星の動きは星の起源と密接に関係していると考えられているが、この天体が中心核星団の方向で観測されていることから、星々は中心核星団に属していると仮定されてきた。一方、SiOメーザー星の推定年齢は約10億歳であるのに対し、中心核星団の星々は最高でも1億歳程度とされる。これほど年齢層が異なる天体が同じ星団に属するようなメカニズムがあるのか、あるいは見かけ上で混ざり合って見えているだけなのだろうか。
明星大学の坪井昌人さんたちの研究チームは、アルマ望遠鏡が取得したデータを用いて、35個のSiOメーザー星の固有運動を導き出した。すると、星々の動きに明確な方向性があり、銀河円盤と同じ方向(銀河面)に沿って移動している傾向が見られた。これらの星々が中心核星団に属しているならば、重力の影響を受けてランダムな方向に運動しているはずだが、解析結果は星々が中心核星団に属していないことを示している。
また、一部の星々の動きはブラックホールの重力だけでは説明できないほど速く、中心核星団の特徴とは一致しないことがわかった。これらのことから、観測されたSiOメーザー星は若い星が中心の中心核星団ではなく、老いた星が集まる中心核星円盤に属している可能性が高いと結論づけられた。
いて座A*(Sgr A*)の周囲にあるSiOメーザー星の運動。矢印の長さは固有運動に対応、色は視線方向の速度に対応する(提供:Tsuboi et al. 2025)
中心核星円盤は長い時間をかけて形成されてきたと考えられている。今回の発見は、天の川銀河の成長の歴史や、星々の分布を理解するための重要な手がかりとなるだろう。
〈参照〉
- 桜美林大学:銀河中心付近の構造を解明「いて座A* 周辺のSiOメーザ星の運動に見られる核星円盤の性質」
- PASJ:Nuclear stellar disk-like nature in the kinematics of SiO maser stars around Sagittarius A* 論文
〈関連リンク〉
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