天の川銀河の中心ブラックホールが謎の増光
【2019年9月17日 カリフォルニア大学ロサンゼルス校】
私たちの天の川銀河の中心には、太陽の約400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール「いて座A*」が存在している。
米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校のTuan Doさんたちの研究チームが今年4月から5月にかけて、米・ハワイのW. M. ケック天文台で4夜にわたり、いて座A*を近赤外線で観測したところ、極めて大きな変光が3回とらえられた。いて座A*では常に明るさの変動が見られるが、5月13日の変光はわずか2時間で約75倍も明るさが変わるという非常に激しいものだった。
研究チームが5月13日に観測したいて座A*の変光の動画。中央にいて座A*がある。そのすぐ左上にある星がS0-2。観測開始時にはいて座A*はS0-2より明るかったが、2時間ほどで急速に減光した(提供:T.Do, Keck/UCLA Galactic Center Group)
研究チームが、ケック天文台やチリのVLTで過去に得られていたいて座A*の1万3000件以上の観測データを解析したところ、5月13日に観測されたいて座A*のピーク光度は、2003年から現在までの間でいて座A*が最も明るかったときよりもさらに2倍も明るかったことがわかった。
「13日の最初の画像ではいて座A*が非常に明るかったので、最初私はS0-2(いて座A*のすぐそばにある恒星)だと勘違いしました。いて座A*がこれほど明るく写ったのを見たことがありません。非常にエキサイティングでした」(Doさん)。
また、5月23日にとらえられた変光では、わずか2分間の間に明るさが1/9にまで減光した。天体の明るさの変化は光の速度で伝わるので、変光にかかる時間から変光領域のサイズを見積もることができる。これをもとに、5月23日の変光はいて座A*のブラックホールの半径(シュバルツシルト半径)のわずか3倍ほどの領域内で起こっていることを突き止めた。つまり、このブラックホールの周囲を安定して周回できる最小半径(最内縁安定軌道)とちょうど同じくらいの場所で、この変光現象が起こっていたことになる。
今回観測された変光(明るいときの状態)は、ブラックホールに落ち込むガスや塵から光が放射されたものだと考えられる。これは非常に特異な事象なのだろうか、それともいて座A*の活動が顕著に活発化している兆候なのだろうか。
「いて座A*はダイエット中のブラックホールのようなもので、普段の『食欲』はおとなしいものです。今回見られた活発な活動が何によって引き起こされているのかは不明です」(米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校 Andrea Ghezさん)。
「大きな疑問は、いて座A*が新たな段階に入ったのかどうかという点です。いて座A*の『栓』が抜かれて、ブラックホールという排水口に落ちるガスの量が長期間にわたって増えているのか、あるいはたまたまガスの塊がいくつか落ち込んで増光しただけなのかが問題です」(同 Mark Morrisさん)。
研究チームは現在もいて座A*領域の観測を続けていて、今後得られる画像からこの疑問に決着を付けようとしている。
いて座A*が活発化した原因として考えられる説の一つは、すぐそばにあるS0-2(S2)と呼ばれる星が2018年夏にいて座A*に最接近したときに大量のガスが星から放出され、それが今年に入っていて座A*に飲み込まれた、というものだ(参照:「銀河中心ブラックホールの近傍で一般相対性理論を検証」)。
超大質量ブラックホール「いて座A*」と、その周囲を回る恒星「S0-2」のイラスト。S0-2は2018年にいて座A*に最接近したが、いて座A*に飲み込まれてはいない。しかし、この接近がいて座A*の増光の一因かもしれない(提供:Nicolle Fuller/National Science Foundation)
もう一つの可能性は、G2と呼ばれる奇妙な天体が関わっているという考え方だ。G2もいて座A*のそばを運動している天体で、2014年にいて座A*に最接近した。正体はよくわかっていないが、研究チームでは連星ではないかと考えている(参照:「天の川銀河中心部で謎の「G天体」を新たに発見」)。いて座A*がG2の外層をはぎ取って吸い込んだと考えれば、ブラックホール半径のすぐ外側で変光が起こった点を説明できるとGhezさんは言う。それ以外に、大きな小惑星がブラックホールに飲み込まれたという可能性も考えられるとしている。
さらに、研究チームでは「スペックルホログラフィー」という手法を使い、過去24年間に記録されたいて座A*周辺のデータから新たな情報を引き出すことにも成功した。天の川銀河中心部の観測では、地球の大気で歪んだ星像をリアルタイムで補正する「補償光学」と呼ばれる技術が使われるが、スペックルホログラフィーを使うと、補償光学が実用化されるより10年以上前に撮影された画像についても画質を改善できる。これによってGhezさんたちは、いて座A*が今回ほどの増光を示したことは過去24年間にわたってなかったと結論づけた。
「これは昔の画像にレーシック手術をしたようなものです。私たちは一つの疑問に対する答を得るためにデータを集めていましたが、思いがけず、驚くべき別の科学的発見にもつながりました。これは予想外のことでした」(Ghezさん)。
(文:中野太郎)
〈参照〉
- UCLA:Black hole at the center of our galaxy appears to be getting hungrier
- The Astrophysical Journal Letters:論文
〈関連リンク〉
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