謎の大爆発「AT 2018cow」の正体

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2018年6月に2億光年彼方の銀河で発生した大爆発がとらえられた。これまでに観測されたものとはまったく違うため、その正体については論争が続いているが、どうやら宇宙の中でも極めてエネルギーの高い現象が発生する瞬間に遭遇したようだ。

【2019年1月22日 アルマ望遠鏡NASA JPLヨーロッパ宇宙機関ノースウェスタン大学

2018年6月16日、米・ハワイで行われている全天観測プロジェクト「アトラス(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System: ATLAS)」によって、ヘルクレス座にある約2億光年彼方の銀河「CGCG 137-068」の方向で発生した大爆発「AT 2018cow」がとらえられた。AT 2018cowは数日で明るさのピークを迎え、一般的な超新星爆発の10倍から100倍ほど明るくなったあと、予測よりずっと早い数か月以内に暗くなった。

世界中の地上望遠鏡や宇宙望遠鏡を用いて、ガンマ線、X線、電波など様々な波長でAT 2018cowの追観測が行われた。「世界中の研究者が注目したAT 2018cowは、これまでで最も精力的に観測された天体の一つといえるほどのものです。にもかかわらず、その正体はまだよくわかりません。まったく新しい種族の天体かもしれません」(米・カリフォルニア工科大学 Anna Hoさん)。

Hoさんたちの研究チームでは、AT 2018cowが発見された5日後からハワイのサブミリ波干渉計(SMA)で、10日後からオーストラリア望遠鏡コンパクト干渉計(ATCA)で、14日後、22日後、23日後にアルマ望遠鏡で、それぞれ観測を行った。

まず、SMAでの観測から、爆発後7日目までは電波が強くなり、爆発30日後あたりまでは変動しながらもほぼ同じ電波の強さを維持していたことがわかった。ミリ波で明るくなっていく変動天体の様子がとらえられたのは、これが初のことだ。一方、より長い波長の電波を観測したATCAでは、爆発後10日から34日まで電波が強くなり続けた。また、爆発22日後に行われたアルマ望遠鏡の複数周波数での観測では、電波放射のピーク波長がとらえられた。これはアルマ望遠鏡が「バンド9(波長0.45mm)」という短波長の電波をとらえることができたおかげであり、これほど短い波長の電波で変動天体がとらえられたのも今回が初めての例となった。電波放射のピークが時間経過とともに長波長側に移動していったことも明らかになっている。

アルマ望遠鏡とVLAがとらえたAT 2018cow
「AT 2018cow」。(左上)アルマ望遠鏡、(左下)VLA(超大型干渉電波望遠鏡)、(右)スローン・デジタル・スカイサーベイ。AT 2018cowが銀河の中心から外れていることがわかる(提供:Sophia Dagnello, NRAO/AUI/NSF; R. Margutti, W.M. Keck Observatory; Ho, et al.)

精力的な観測・研究の結果、AT 2018cowの正体について二つの有力な説が提唱されている。非常に特殊な超新星爆発か、あるいはブラックホールに近づきすぎたために破壊(潮汐破壊)されてしまった星かのいずれかだ。

「もしこれが超新星爆発だとしたら、これまでのどんなものとも異なっています。スペクトルが超新星爆発とはまったく違うのです」(Hoさん)。

AT 2018cowは、アルマ望遠鏡で観測できる電波(ミリ波・サブミリ波)では、他のどんな超新星爆発よりも明るかった。ただしこれは、これまでの観測が不十分だったためという可能性もある。ミリ波・サブミリ波でとらえられた超新星の数は限られており、短い波長のサブミリ波で爆発直後に観測された例はさらに少ないためだ。

AT 2018cowからの電波の放出は、爆発によって生じた高エネルギーで細く絞られたガスの流れ(ジェット)が周囲のガス塊に衝突することによって発生したと考えられている。一方、X線は光子が高エネルギー電子によってはじかれる「逆コンプトン散乱」では説明がつかない時間変動やスペクトルを示していた。Hoさんたちは、爆発現象のもととなった「エンジン」であるブラックホールか中性子星とみられる天体が、X線放射に重要な役割を果たしていると考えている。

AT 2018cowの想像図
AT 2018cowの想像図。中心の「エンジン」から噴き出した高速のガス流(ジェット)が周囲を取り囲むガスに衝突しているが描かれている(提供:Bill Saxton, NRAO/AUI/NSF)

「『エンジン』が生まれた瞬間を初めて目にしたのかもしれません。とてもワクワクします」(Hoさん)。「ブラックホールや中性子星が星の死によって作られることはすでに知られていますが、できてすぐのブラックホールや中性子星を目にしたことは、これまでに一度もありません」(米・ノースウェスタン大学 Raffaella Marguttiさん)。

AT 2018cowは、超新星爆発ではなく潮汐破壊かもしれない。NASAゴダード宇宙飛行センターのAmy Lienさんたちの研究チームでは、赤外線からガンマ線の範囲の観測データをもとにした研究から、今回の爆発の変化を最もよく説明するのは白色矮星の潮汐破壊だと考えている。

Lienさんたちは、ブラックホールの質量は太陽質量の10万倍から100万倍と計算している。銀河の中心から外れた領域に、これほどの質量を持つブラックホールが存在することは珍しいため、AT 2018cowが近傍の伴銀河か、または平均的な銀河よりも白色矮星の割合が高い球状星団で発生した可能性も考えられる。

AT 2018cowは、白色矮星がブラックホールによって飲み込まれた場合を描いた動画「The 'Cow' Explosion: Black Hole Eats White Dwarf」(提供:NASAジェット推進研究所)

しかし、潮汐破壊であったとしても、同種の現象の観測例とは大きく異なっている。高いエネルギー放射の起源は、発生源を取り巻く非常に高温・高密度のプラズマが存在する領域である可能性が高いが、大きな星団には通常ガスがほとんどないので、整合性が取れないのだ。

いずれにしても、AT 2018cowの特徴を説明するためには中心に何らかの「エンジン」が必要だというのが、多くの研究者の一致した意見だ。超新星爆発シナリオの場合、それはブラックホール、あるいは「マグネター」と呼ばれる極めて磁場の強い天体が誕生したのかもしれない。潮汐破壊シナリオの場合、破壊された星がブラックホールの周囲を取り巻く降着円盤となった姿かもしれない。

電波観測ではこれらを区別することはできず、AT 2018cowの特徴には前例がないため、結局その正体は謎のままだ。AT 2018cowが今後より詳しく調べられることとともに、これと似た天体が現れることが期待される。

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