南緯45度の星空案内人
第20回 「スローライフ」

Writer: 米戸実氏

《米戸実プロフィール》

1964年大阪生まれ。子供の時から南半球に興味を持ち始め、ハレー彗星はニューカレドニアへ。卒業後にニュージーランドへ冒険旅行に出て、旅行と南半球にすっかりはまる。両国の旅行会社に勤務し、現在クイーンズタウンでスターウオッチングツアーを運営する傍ら、オーロラ撮影に熱中。

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皆様の中にも都会を離れて、田舎でゆっくりとした人生を送ろうなんてお考えの方がいらっしゃいませんか?私は大学時代に就職活動をしていたころから、世の中の忙しない生活が性に合わず、どこか静かな所で暮らしたいと思っていました。それがまさか海外、しかも南半球になろうとは思ってもいませんでした。

そのきっかけは1986年度版「地球の歩き方・ニュージーランド」編の折込みページに載っていた1枚の写真でした。その写真に目が留まり、釘付けになりました。『Lake Matheson:西海岸にある小さな街「Fox Glacier」にある』と書いてありました。Glacierって何だ?調べると、「氷河」の意味だとわかりました。

何?ニュージーランドには氷河が残っているのか?写真にバリバリの雪山が写っていて、後日それがニュージーランドの最高峰である2つの山だと判りました。マウント・クックとマウント・タスマンでした。うぉ〜、最高峰の山が湖に反射して鏡のようになっとるわけか!と一気に盛り上がり、就職活動を開始しようとしていた私に大きな影響を与えることになりました。その写真は第2回目の2枚目の写真をご覧下さい。以来21年、皆様に羨ましがられる景色を見ながら過ごしています。

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外国人としてここで暮らす私の生活については過去の原稿を見ていただくとして、今回はキウイ(ニュージーランド人の呼称)がどれだけわれわれと違う感覚を持ち、そしてその生活を楽しんでいるのか、そしてこれだけ美しい星空に対して、彼らが一体何を考えているのかをご紹介しましょう。

まずは最初に思わず声を出して驚いてしまうのが、この国の離婚率です。神父さんの前で永遠の愛を誓うのですが、これがほとんどの方が「嘘つき」になるのです。お互いを励ましあって支えあって〜なんて宣誓をするわけですが、離婚率はなんと85%にもなるそうです。永遠の愛を持続しているカップルの方が圧倒的に少なく、そのような珍しいカップルは既に離婚を最低でも1回以上経験している人からは、「変わり者」と言われるのだそうです。神様に嘘をついておいて、この言い草はさすがはキウイと思ってしまいます。

早い話、彼らは飽き性であり、粘りがなく、当然武士の心などありません。責任感も欠如し、時間にもルーズで、仕事も転々と変え、極めつけが自分の会社を平気で売り飛ばしてしまいます。従業員のことなど二の次にしか考えていないオーナーがなんと多いことか・・・。

ですので、このような感覚の持ち主に「侘びと寂」(わびさび)が理解出来るとは思いません。分かり易い例をお話しましょう。日本人観光客の団体がツアーを楽しんでいたとしましょう。道中の写真撮影に立ち寄る場所できれいな虹が出現しました。観光客は声を上げて喜び、デジカメで懸命に撮影するでしょう。この国の虹は空気が澄んでいるので、とにかく色がクッキリと見えて、日本で見るものよりかなりきれいに見えます。故に観光客の感動もひとしおなのだと思います。

しかし、それを不思議そうに見ている人がいます。それはキウイの運転手です。彼はこう思っています。「また始まったぞ。どうして日本人は虹が出たくらいでこんなに大騒ぎするのだ?」と。

2005年5月15日の夕方にもそんなことがありました。フレア爆発による太陽風衝撃波がやって来た時、ここクイーンズタウンでは360度、見渡す限りの全天オーロラとなりました。

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街中で撮影をしている私の横を、帰宅中のキウイが何人も通っていきました。私は凄まじいオーロラにノックアウト寸前でしたが、彼らはその光景に足を止めることもなく、私が「すごいディスプレイだね」と声をかけても、「そうね」と言うだけです。こんな感じでキウイは感動することさえも忘れてしまった人が多い気がします。

スローな生活を送ると、このように何もかも鈍感になってしまうのだと結論づけました。

いくらスローな生活を楽しんでいると言っても、度を越えているような気がします。ホテルのモーニングコールは打率8割程度、視力の悪い運転手が多く、方向指示器を出す習慣もない、酒気帯び運転が認められている、会社のポリシーを度外視し、自分の感覚で物事を進めてしまう、子供はかなり甘やかされて育っている、25年落ちの車でレースカーの物真似をして事故を起こす、事故を起こしておきながら相手の車がそこにあったことが悪いと平気でいう、そして「へこみ具合」が同等なら50/50(フィフティー・フィフティ−)と、その場を立ち去ろうとする、OLは午後4時半ごろから仕事そっちのけでオメカシを始めて毎日午前様で帰宅する、旦那・子供がいようとも・・・。

例を挙げるときりがありませんが、スローライフを送るとこのように何に対しても鈍感になり、「おもてなし」という感覚さえも持ち合わせていません。キウイは口々にこう言います「まあええやん」。そう、要は適当なのです。

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こんな人たちですので、虹や全天オーロラが出現しても無関心なのでしょうね。てな具合で、当然この満天の星空にも何の興味もないようです。しかし、なんとこの夜空を世界遺産に指定してもらおうとする動きが活発化してきました。夜空を世界遺産に・・・って、一度もこの夜空をご覧になられたことがない方は、想像できないと思いますが、ここの夜空はそれほどすごいのです。

もう少しわれわれ日本人とキウイとの違いをお話しましょう。まずは残業をしないので、午後5時30分前後に一気に終業します。そのため、一時的に道が混みます。日本と違って、その後は渋滞が解消されます。そうそうその前に午後3時過ぎも混みます。これは、親たちがわが子を小学校まで迎えに行くからです。学校前の道はパニック状態です。かなり子供を甘やかしていることがわかります。もちろんわが家のようにちゃんとスクールバスに乗せている家庭もありますが・・・。

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また、キウイたちは、年に1回のロングホリディを取ります。私も大学を出て23歳でニュージーランドに来てからは、この長期休暇を合言葉に働いてきました。まさにそのために働くわけです。皆様は30日間の休暇を取ったことがありますか?われわれ夫婦もこの休暇を有効に利用して、何度も海外旅行に出かけています。98年は子供もいなかったので、50日間の休暇に出ました。バルセロナとモナコで開かれたF-1レースに続けて参加したり、かなりハチャメチャでした。

ニュージーランドの人々は、とにかく皆様の想像をかなり逸脱した生活を送っていることがおわかりいただけたでしょうか?かなりめちゃくちゃですが、大変親切な人種であることはお知らせしておきます。とくに男性の話ですが・・・。イギリスの血を引く紳士がいることをお忘れなく。

次回は南半球で見た彗星の思い出をご紹介したいと思います。

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