南緯45度の星空案内人
第15回 「邪魔なオーロラ」

Writer: 米戸実氏

《米戸実プロフィール》

1964年大阪生まれ。子供の時から南半球に興味を持ち始め、ハレー彗星はニューカレドニアへ。卒業後にニュージーランドへ冒険旅行に出て、旅行と南半球にすっかりはまる。両国の旅行会社に勤務し、現在クイーンズタウンでスターウオッチングツアーを運営する傍ら、オーロラ撮影に熱中。

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クイーンズタウンでは全天がオーロラに覆われるという何とも夢のような景色が見られます。しかし、まったくぜいたくなことに、このオーロラが邪魔に思えることがあります。今回はオーロラが一体どのように邪魔なのか、そしてそのオーロラがこれからどのように見えるかを展望しながら書いてみたいと思います。

私がクイーンズタウンに居ついてしまったのは、何を申し上げよう満天の星空がすぐそこにあるからです。子供たちが学校に行き始めて手がかからなくなり、やっとの事で夜間の出撃が自由に出来るようになったのを一つ前の原稿で書いたばかり。それまで我慢に我慢を重ねておりましたが、やっとの事でこの素晴らしい南天の星空にレンズを向けられるようになりました。

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寒い中ですが連日のようにスターウオッチングツアーのご予約を頂戴しており、昨晩も三日月がレグルス、火星、土星を連ねて西の空に沈んだ後は、文句の付け所がない夜空が広がっております。おまけにさそり座といて座が天頂付近に横たわっており、我々の銀河系の中心部がなんと真上にあるという、正直お客様のほとんどが上を向くことに疲れてしまう状況です。

またマオリ族の神話ではさそり座はさそり座ではなく、2つの星座に分かれてしまいますので、真上を見ながらの説明が数分続くのがまさに「ネック(首)」であります。

そんな環境で、これらの大銀河の姿をカメラに収めたくなるのは極自然なこと。気の向くまま赤道儀望遠鏡の極軸を「ちょちょいのちょい」で合わせて、広角レンズで数分間の追尾撮影をしてみれば、一眼デジカメの液晶モニターには我が天の川銀河の雄大な姿がばっちり写っています。望遠鏡の極軸合わせは、はちぶんぎ座の台形が肉眼で見えていますので簡単です。北半球の北極星が2等星なのに比べると、台形を作る4つの星が5等星と6等星なので、若干見づらいですが、小マゼラン星雲からたどっていけば簡単です。詳しくは第8回の解説をご覧下さい。

さて、昔その天の川銀河を広角レンズで撮影していたときの話です。当時はまだデジカメではなく、フィルムを使っていた時代です。撮影を終えたフィルムをカメラ店に現像に出しました。そして数日後、上がってきた写真を見ていたら写真が奇妙な色をしているのです。しかも、一枚だけではなく、多くの写真が赤茶けているのです。

すぐに思い付いたのが、カメラ店側の「現像の失敗」でした。もしそうでなければフィルムが何らかの原因でX線に感光してしまったか、自分のカメラのモルト不良による感光、フィルムの保管不良などが考えられました。しかし、ばっちり撮れているショットも含まれているのです。その日はとくにシーイングも良く、いつもより絞り込んで長めにシャッターを開けることができました。

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よく調べてみたら、ある夜に連続で撮影したショットだけが赤茶けていることがわかりました。その日は素晴らしい天候に恵まれたので、日没してから夜明けまでかなりの枚数を撮りまくった記憶があります。しかし、残念ながら使いものにならない写真ばかりだったので、何を隠そう上手く撮れた写真だけスキャンしてデジタル化し、ネガごと捨ててしまったのです。ですから今回はその謎の写真を皆様にお見せすることが出来ません。

しかし、ネガを捨ててしまったことを後悔するときがやってきました。実は天体写真を撮る友人がこんな話をしてくれたのです。彼は自分より何年も早くからNZに定住しており、撮影枚数は私の比ではありません。その彼がこう言いました。

「銀河を撮りたいのに、赤いオーロラが写り込んで邪魔だ」と。

そうなのです。私が赤茶けて使い物にならないと捨ててしまったものは、赤いオーロラが写り込んでいた写真だったのです。今、このような写真が一眼デジタルの液晶画面に浮かび上がったら、それは一発で肉眼では見えない赤いオーロラが写ってしまった…とわかるでしょうが、そのときはまさかクイーンズタウンでオーロラが写るなんて想像もしていませんでした。

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2008年7月現在、太陽の新しい活動周期が始まったとの情報を得ております。我々の母なる太陽の活動周期は約11年と言われており、その活動期の頂点が1989年、2000年だったそうで、次回が2012年初頭になると先日NASAから発表がありました。

そのころになると、太陽表面には「太陽黒点」と呼ばれるものが多数見られるようになります。そして規模の大きな黒点の辺りで、通称フレア爆発と呼ばれる現象が起きることがあります。この爆発によって宇宙空間にばらまかれた物質が地球まで最短で30時間程でやって来ることがあります。これは太陽風と呼ばれ、秒速1200キロにも達するそうです。その太陽風が地球の磁気圏に襲いかかりますが、後方へとはね飛ばされてしまい、地球を通り過ぎていきます。しかし地球磁気によって作られる磁力線に沿って一部が戻って来るのだそうです。何故戻ってくるかは未だに謎が多く、NASAが昨年5機の人工衛星を同時に放出するというロケットを打ち上げて、そのシステムを解明しようとしています。

赤茶けた写真を撮ったのは、確か太陽活動が静かだった1998年ごろに撮ったものだと記憶していますが、それから10年。太陽の活動周期が11年なので、そろそろ肉眼では見えない赤いオーロラが勝手に写り込んでしまう時期が来たのかもしれません。

現代はインターネットで情報がすぐに手に入れられる時代。その後の勉強で、コロナホールと呼ばれるところから吹いてくる高速太陽風が地球までやって来て、低緯度でもオーロラが出現することを知りました。先日も大して高速ではありませんでしたが、地球磁場が南向きになったので、小高い展望台にてシャッターを開けてみました。ボアッティーニ彗星を撮りに行ったのですが。するとどうでしょう、地平線すれすれに緑のオーロラが写っているではありませんか。緑のオーロラと言えば赤いオーロラのすぐ下に出現する色。高度100キロから250キロ辺りに出るオーロラです。

赤いオーロラが写っていたとは知らずにネガまで捨ててしまった昔。今手元には遅ればせながら、赤外カットフィルターを取り除いた一眼デジカメがあります。その業界では有名なSEOさんにお願いして改造してもらいました。とうとうキヤノンに手を出してしまいましたが、このKISS X2/SEOで撮れば、エータカリーナ星雲、タランチュラ星雲、そして赤いオーロラもその赤い色を紫色に変えないで写すことが出来ると思います。そんな未来がやってくるとは想像も付きませんでした。

いや待てよ。同時に買ったペンタックスK20Dも一ヶ月間の旅で7000枚もの写真を撮りましたが、その発色がとても素晴らしいので、こいつでも赤色星雲とオーロラの撮影に使ってみたいと思います。

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今週末は高速太陽風が着弾しそうな雰囲気です。地球磁場が南向きになったら出撃です。おっと待てよ。週末はコロネットピーク・スキー場がナイター営業をしていてオーロラ撮影には適さないぞ。さてどこに出かけようかな。

次回は、その赤外カット改造していただいたカメラを実際に使ってのインプレッションを書きたいと思います。赤いオーロラが出てくれれば良い実験が出来るのですが。

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