重力レンズで110億光年彼方の銀河中心核にズームイン
【2020年4月2日 アルマ望遠鏡】
ほとんどの銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在し、そのブラックホールは銀河内の星の材料となるガスを流出させるなどして銀河の進化に大きな影響を与えると考えられている。
ブラックホールがガスを押し出すメカニズムには2種類考えられる。一つは、ブラックホールに降り積もる物質は円盤を形成しながら高温に加熱され、ときには銀河の星々全体よりも明るく輝く「クエーサー」と呼ばれる天体になるが、この強力な光がガスを外へ動かすというものだ。もう一つ、ブラックホールに吸い寄せられた物質の一部が円盤とは垂直な方向に超高速で吹き出す「ジェット」となり、銀河からガスを流出させるというものも考えられる。
私たちから比較的近い、つまり宇宙の歴史において私たちの時代に近く、誕生からある程度時間が経っている銀河では、超大質量ブラックホールからのジェットが星間ガス雲に衝突してガス流出を引き起こす様子がすでに観測されている。しかし、時間をさかのぼって進化の初期段階にある銀河を調べるには、それだけ遠くを見る必要があり、従来の観測では解像度が不十分だった。
近畿大学の井上開輝さんたちの研究チームは、おうし座の方向110億光年の距離にあるクエーサー「MG J0414+0534」をアルマ望遠鏡で観測した。このクエーサーと地球との間には別の銀河が存在し、銀河の重力がレンズのようにMG J0414+0534からの光を曲げている。「MG J0414+0534は重力レンズ効果により4つの像として見え、個々の像も大きく拡大されて見えます。重力レンズは、遠方の天体をより詳しく見ることができる『天然の望遠鏡』というべき働きをもつのです」(東京大学 峰崎岳夫さん)。重力レンズ効果のおかげで、今回の観測の解像度は約0.007秒角(視力9000相当)に達した。
研究チームが重力レンズの効果を精密に調べ、複数に分かれて歪んだ像から元のMG J0414+0534の姿を復元したところ、クエーサーの中心部に非常に明るい電波源があり、その左右で一酸化炭素分子が放つ電波が検出されることがわかった。この電波を詳しく調べた結果、超大質量ブラックホールから秒速600kmにも達するジェットが2方向に放たれ、周囲の星間ガスを揺さぶっていることが示唆された。110億光年という遠方のクエーサーの周辺で、ジェットと星間ガス雲の衝突の現場が画像として見えてきたのは、これが初めてだ。
アルマ望遠鏡で観測したクエーサー「MG J0414+0534」の擬似カラー画像。オレンジ色が塵と高温電離ガス、緑色が一酸化炭素分子がそれぞれ放つ電波に対応している。(左)重力レンズ効果による像が4つ見えている(右)重力レンズ効果を受ける前の本来の姿を再構成したもの。一酸化炭素分子が銀河中心核の両側に、ジェットに沿って分布していることがわかる(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. T. Inoue at al.)
さらに注目すべき点は、ジェットと星間ガス雲が衝突している領域の大きさが典型的な銀河の大きさに比べてたいへん小さいことである。「この銀河の中心部で超大質量ブラックホールからジェットが吹き出し始めてからわずか数万年後の姿、つまりジェットの誕生直後の様子を見ているのだと考えています」(台湾中央研究院 松下聡樹さん)。
「今回の観測により、超大質量ブラックホールの活動が銀河に明らかに影響を与えているという確かな証拠をつかむことができました。この成果は、銀河の進化初期において超大質量ブラックホールが放つジェットがどのように星間ガス雲に影響を及ぼし、どのように銀河の巨大ガス流出が引き起こされるのかを明らかにする手がかりになるでしょう」(井上さん)。
観測成果をもとにしたMG J0414+0534の想像図。銀河中心にある超大質量ブラックホールから強力なジェットが最近吹き出し、周囲の星間ガスと衝突している(提供:近畿大学)
〈参照〉
- アルマ望遠鏡:アルマ望遠鏡でブラックホールジェットと星間ガスの衝突を観測 ~銀河の巨大ガス流出のメカニズム解明へ新たな一歩~
- The Astrophysical Journal Letters:ALMA 50-parsec-resolution Imaging of Jet–ISM Interaction in the Lensed Quasar MG J0414+0534 論文
〈関連リンク〉
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