理論予測より少なかった、64億光年彼方の銀河団の冷えたガス

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惑星分光観測衛星「ひさき」による約64億光年彼方の銀河団の観測から、中程度の温度のガスが理論予測よりも少ないことが明らかになった。銀河団中心部のガスが数千万度以上の高温をどのように維持しているのかを知る手がかりとなる。

【2019年9月4日 JAXA宇宙科学研究所

100個以上の銀河の集まりである「銀河団」は、宇宙最大の天体だ。その中心部「銀河団コア」には大量のダークマターの重力で集まった数千万度以上の高温ガスが存在し、そこからは非常に強いX線が放射されている。理論的には、こうしたガスは強い放射によりエネルギーを失って急速に冷えるはずだが、冷却された低温ガスはこれまで観測されていない。つまり、銀河団コアで高温が維持されていることになる。

高温維持の理由を明らかにするには、様々な温度のガスを観測して温度分布を明らかにする必要がある。また、観測結果を整合的に説明できる仮説をたて、観測的に検証することも必要だ。

銀河団コアの想像図
ブラックホールが存在する銀河団コアの想像図。冷却された低温ガスが観測で確認されていない理由の一つとして、ブラックホールが加熱源となって銀河団コアの冷却を妨げている可能性が考えられている(提供:JAXA)

米・ケンタッキー大学の蘇媛媛さんたちの国際研究チームは、銀河団コアのガスのうちあまり研究例がなかった「中温ガス」(数万度~数十万度という中程度の温度のガス)に関する観測研究を行った。中温ガスの量を測定すれば、高温ガスがどのくらい冷却されているのかが明らかになり、高温維持のメカニズムを知る手がかりが得られる。

蘇さんたちは中温ガスを観測するための最良の方法として、中性のヘリウムが発する波長58.4nmの輝線に着目した。この輝線の波長が宇宙膨張による赤方偏移であるところまで引き伸ばされると、中性水素ガスに妨げられずに観測することができるようになるのだ。ただしそのためには、波長がじゅうぶんに引き伸ばされる必要がある、つまりある程度よりも遠い銀河団を観測する必要がある。また、引き伸ばされた結果の波長は極端紫外線と呼ばれる波長域にあたるが、この光は地球大気に吸収されるので、宇宙空間から観測する必要もある。

研究チームは惑星分光観測衛星「ひさき」の極端紫外線観測装置を利用して、うお座の方向約64億光年彼方の銀河団「RCS2 J232727.6-020437」の中性ヘリウムが発する輝線を探索した。この距離の銀河団では、輝線の波長は約99.3nmにまで伸ばされている。

しかし観測では、中性ヘリウムの輝線は検出されなかった。以前のX線観測から、この銀河団コアの高温ガスが放射冷却すると1年あたり太陽数百個分の質量の低温ガスが生成されると見積もられていたが、「ひさき」の結果は、それに見合う量の低温ガスが存在しないということを示している。これは、高温ガスの冷却効率が理論予測よりも悪いか、冷却を妨げるメカニズムが働いている、あるいは何らかの加熱源によってガスが暖められていることを示唆していると考えられる。

今後、銀河団中心部のガスの状態やふるまいに関する観測や研究がさらに進められれば、銀河団コアの高温状態を生み出すメカニズムが解明されるだろう。