猫の手星雲で見つかった糖類分子と宇宙噴水
【2018年11月28日 アルマ望遠鏡】
米・国立電波天文台および米・ハーバード・スミソニアン天体物理センターのBrett McGuireさんたちの研究チームが、さそり座の方向約4200光年の距離に位置する大質量星の誕生現場の一角「NGC 6334I」をアルマ望遠鏡を使って観測した。この領域全体は「猫の手星雲」という愛称で天体写真ファンにもよく知られている散光星雲だ。
その結果、NGC 6334Iで、非常に多数の分子が放つ電波(分子輝線)が検出された。過去にもヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星「ハーシェル」を使って65本の分子輝線が検出されていたが、アルマ望遠鏡の高感度と高解像度のおかげで、今回の観測では695本もの輝線が検出されている。
(上)ハッブル宇宙望遠鏡による「猫の手星雲」、(下)白い丸で示された領域「NGC 6334I」の観測から、ハーシェルとアルマ望遠鏡が検出した分子輝線の数を比較したもの(提供:S. Lipinski/NASA & ESA, NAOJ, NRAO/AUI/NSF, B. McGuire et al.)
McGuireさんたちがこれらの輝線の周波数を詳しく分析したところ、NGC 6334Iに砂糖の仲間の中で最も単純な構造をしたグリコールアルデヒド(HOCH2CHO)分子をはじめ、メタノール(CH3OH)、メチルアミン(CH3NH2)、エタノール(CH3CH2OH)など様々な有機分子の存在が確認された。輝線のなかには由来となる分子が不明のものもあり、今後の研究で新しい分子が見つかる可能性もあるという。
また、重水(HDO)分子が放つ電波の観測から、NGC 6334Iの中心付近からガスのジェットが噴水のように噴き出している様子がはっきりととらえられた。ジェットの根元に巨大な赤ちゃん星が存在することを示唆する成果である。発見されたジェットは、これまでにこの星の周りで発見されたものよりも規模が大きく向きもやや異なっており、星から噴き出したばかりのジェットではないかと考えられている。
アルマ望遠鏡が取得したデータから作成された「NGC 6334I」の擬似カラー画像。中心に巨大な赤ちゃん星「NGC 6334I MM1B」があり、その上下方向にガスが噴き出している。(青)重水分子が放つ電波、(オレンジ)塵が放つ電波(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO): NRAO/AUI/NSF, B. Saxton)
さらに、グリコールアルデヒドと重水分子の分布がよく似ていることも明らかになった。塵表面で作られた分子が、やがて衝撃波や熱によって塵表面の氷が壊されるのといっしょに星間ガス中に飛び出していったことを示しているのかもしれない。
今回の成果は、日本が開発を担当した「バンド10」という周波数帯の受信機を用いて得られたものだ。バンド10は、アルマ望遠鏡の観測周波数のうちで最も周波数が高い(波長が短い)帯域にあたる。この周波数帯では、高温・高密度な環境に存在する分子からの電波をとらえて惑星誕生現場における有機分子の分布を研究したり、宇宙における水蒸気の分布を詳しく調べたりすることができる。
アルマ望遠鏡バンド10受信機(提供:国立天文台)
「私たちが開発したバンド10受信機を使った初の成果が出たと聞いて、とてもうれしく思っています。今後も、バンド10受信機が新しい宇宙の姿を届けてくれることに期待したいと思います」(国立天文台・バンド10受信機開発チームリーダー 鵜澤佳徳さん)。
〈参照〉
- アルマ望遠鏡:アルマ望遠鏡、最高周波数帯バンド10での初成果:巨大星誕生現場に見つかった糖類分子と宇宙噴水
- The Astrophysical Journal Letters:First Results of an ALMA Band 10 Spectral Line Survey of NGC 6334I: Detections of Glycolaldehyde (HC(O)CH2OH) and a New Compact Bipolar Outflow in HDO and CS 論文
〈関連リンク〉
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