ブラックホール「はくちょう座X-1」のプラズマの形がわかった

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有名なブラックホール「はくちょう座X-1」が放つX線の偏光が高い感度で観測され、高温プラズマが降着円盤に沿って平べったい構造になっていることがわかった。

【2025年11月19日 広島大学

ブラックホールに吸い込まれる物質は、周囲に降り積もって「降着円盤」という円盤を作る。円盤の物質は高速回転して摩擦で約1000万度もの温度に達し、X線で明るく輝く。そのため、ブラックホールを取り巻く降着物質の物理状態をX線でとらえれば、ブラックホール自身の物理量や、強い重力場で表れる一般・特殊相対論的な効果も観測できると期待される。

しかしこれまで、X線の時間変動を見る測光観測や、X線のエネルギーを測定する分光観測では、降着物質の状態はあまりよくつかめなかった。地球から見えるブラックホールのほとんどは小さすぎて点にしか見えないため、詳しい構造も不明だった。

それに対して、X線の「偏光」(電磁波であるX線の振動方向の偏り)を観測できれば、X線が物質から直接届いたものか、どこかで反射・散乱されたものかがわかり、降着物質の幾何学的な構造を推定できる。

偏光の概念図
偏光の概念図。通常、電磁波には様々な振動方向の波が混ざっているが、光源や通過してきた場所の磁場などによって、特定の振動方向の波が多く含まれる「偏光」になることがある。偏光している光の割合を「偏光度」、偏光の向きを「偏光角」という。こうした偏光の情報がわかると、ブラックホールを取り巻く超高温プラズマの形や運動を知ることができる。中性子星や星雲のようなX線天体では、磁場の構造もわかる(提供:プレスリリース)

ただ、偏光観測は電波や可視光線では一般的だが、X線やガンマ線では技術的に難しい。高エネルギーの電磁波では、波よりも粒子としての性質の方が強くなるからだ。これまでに硬X線で偏光情報を得ることができたのは、日本とスウェーデンの研究チームによる気球実験「PoGO+(ポゴプラス)」だけだった。(参照:「気球から観測、かにパルサーの硬X線偏光」「ブラックホールに吸い込まれる直前の物質の幾何構造」

今回、広島大学の高橋弘充さん、大阪大学の松本浩典さん、JAXA宇宙科学研究所の前田良知さん、愛媛大学の粟木久光さんたちを含む国際共同研究チームは、NASAの気球望遠鏡「XL-Calibur」で2024年7月から約6日間にわたって、スウェーデンからカナダまでの長距離フライト観測を実施した。この観測で、はくちょう座の方向約6000光年の距離にある有名な恒星質量ブラックホール「はくちょう座X-1」を観測した。XL-CaliburのX線望遠鏡には、日本チームが提供した世界最大のX線集光ミラーが使われている。

XL-Caliburの写真、飛行経路
(上)気球望遠鏡「XL-Calibur」。(下)スウェーデンからカナダまでの飛行経路。画像クリックで表示拡大(提供:プレスリリース)

一般に、ブラックホールの周囲には降着円盤、高温の「コロナプラズマ」、ブラックホールから噴き出すプラズマのジェット(アウトフロー)の3つの構造がある。今回のXL-Caliburの観測で、はくちょう座X-1が放射する15~60keVのX線の偏光度と偏光角などの偏光情報を、従来の約20倍も高い感度で得ることに成功した。偏光度についてはこれまでで最も精密な制約が得られている。

はくちょう座X-1の可視光線画像、想像図
(左)「はくちょう座X-1」付近の可視光線画像。伴星の超巨星が青白く見えている。(右)「はくちょう座X-1」の想像図。右側の青白い伴星からブラックホールに物質が落ち込み、降着円盤を形づくっている。上下にはプラズマジェットが噴出している(提供:(左)DSS、(右)NASA/CXC/M.Weissを改変)

以前のPoGO+の観測では、はくちょう座X-1の硬X線の偏光度は8.6%以下という上限値しか得られておらず、偏光がごく弱いことしかわからなかった。今回のXL-Caliburでは、偏光度がおよそ5.0%と測定され、コロナプラズマの形や位置、起源に強い制約を与えることができた。

はくちょう座X-1のブラックホールは直径が約125kmで、そこから数十億kmにわたるジェットを噴出している。今回の観測結果の分析から、明るく輝くコロナの大きさは半径約2000km以下で、ジェットに対してコロナが垂直方向に整列していることがわかった。

また、PoGO+実験ではコロナはブラックホール近傍に集中せず、広がって存在していることしかわからなかったが、今回のXL-Calibur実験では広がったコロナが降着円盤に沿った平べったい構造をしていることも明らかになった。

XL-Caliburの観測結果、コロナの想像図
(左)XL-Caliburで得られたX線の偏光情報(緑)。扇形の角度方向が偏光角、中心からの長さが偏光度を表す。白色の分布は電波で観測されたジェットの偏光情報。ブラックホール周辺の高温コロナから放射される硬X線の偏光方向が、ジェットからの偏光とほぼ同じ向きであることがわかる。ピンク色の線はX線偏光観測衛星「IXPE」による軟X線の偏光情報。(右)推定されるコロナの構造の断面図。コロナは降着円盤に沿った平べったい形状をしていて、ジェットとは垂直な方向に広がっている(提供:プレスリリース)

XL-Caliburチームでは、次は南極からのフライトを実施して、他のブラックホールや強磁場の中性子星の偏光観測を目指している。今回得られた情報を、NASAとイタリア宇宙機関のX線偏光観測衛星「IXPE」や、日本のX線天文衛星「XRISM」の分光観測データ、最新のコンピューターシミュレーションなどと組み合わせることで、今後数年で、ブラックホールとその周囲のより精密な物理モデルが構築できると期待される。

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