太古の火星の水質を再現、生命に適していたことが判明

このエントリーをはてなブックマークに追加
探査車キュリオシティが取得したデータから火星のゲールクレーターにかつて存在した湖の水質が復元され、その塩分やpHが生命の誕生と生存に適したものであったことが明らかにされた。

【2019年10月30日 金沢大学

火星に約35億~40億年前、広範囲にわたって液体の水が存在していた証拠が、探査車や周回探査機によって発見されている。液体の水があれば生命が存在した可能性も考えられるが、生命の存在を検討するうえでは塩分やpHといった水質、周囲の環境も考慮する必要がある。

NASAの火星探査車「キュリオシティ」は約35億年前に巨大湖が内部に存在していたゲールクレーターの調査を行っており、当時湖底だったクレーター内部にある泥の堆積物中に、水の作用で生成した鉱物や有機物などを発見してきた。しかし、すでに失われた湖の水質を地上の実験で復元することは、これまでできていなかった。

キュリオシティ
10月11日に撮影された「キュリオシティ」のセルフィー。57枚の画像をパノラマ合成。左上のほうにゲールクレーターも写っている(提供:NASA/JPL-Caltech/MSSS)

金沢大学環日本海域環境研究センターの福士圭介さんたちの研究チームは、放射性廃棄物の地層処分研究分野で開発された水質復元手法を応用し、キュリオシティが取得したゲールクレーターの堆積物データから、太古の火星に存在した湖の水質を独自に復元することに世界で初めて成功した。

水質復元法
スメクタイトの層間組成を利用した水質復元法。層状構造を有する粘土鉱物スメクタイトは層間に陽イオンを保持する性質を持ち、この陽イオン組成は接触する水に含まれる陽イオン組成に応じて決定される(イオン交換平衡)。接触する水が消失した後でも層間に陽イオンが保持されるため、残された組成から、かつての水の陽イオン組成に関する情報を得ることができる。また、水の作用で生成した鉱物と水との間の化学反応を考慮すると、陰イオン組成やpHも復元できる(提供:金沢大学リリースより、以下同)

復元された水質はpHが中性であり、主な溶存成分は地球の海と同じナトリウムと塩素で、これ以外にもマグネシウムやカルシウムなどのミネラルも多く含まれていた。塩分は地球海水の3分の1程度である。さらに、酸化還元非平衡(酸化的な環境と還元的な環境が混じり合っている状態)にあり、生命が利用できるエネルギーも存在していたことが明らかになった。これらのことは、太古のゲールクレーターの湖の水質が生命の生存に極めて好適なものだったことを示している。

復元された水質
復元されたゲールクレーター湖沼堆積物間隙水の水質。地球上の淡水湖(琵琶湖)や海水と同様にpHは生命にとって好適な条件である中性を示し、ミネラルを豊富に含んでいることがわかる

ゲールクレーターの湖は、水が流入する河川はあったが流出する河川はなかったことが、火星の表面に残された地形からわかっている。すると、河川によって供給された塩分やミネラルは水の蒸発によって湖に残され、長い期間をかけて濃縮される。気候モデルなどを元に、湖の塩分が実現するために必要な濃縮期間を求めたところ、初期の火星に100万年程度の温暖期が生じ、その期間にわたって湖に塩分が運ばれてくる必要があることがわかった。このような溶存物質が比較的長期にわたって濃縮される場所は、有機物の重合・高分子化にも有利で、地球生命が誕生した場所の候補とも考えられている。

今回の成果は、過去に巨大湖だったゲールクレーターが生命の生存のみならず、その誕生にとっても適した場であることを示すものとなった。今後計画されている探査で得られるデータから水質や環境を復元すれば、火星では生命に適した環境が広範囲に広がっていたのか、その環境はいつどのようにして終わったのかがわかるだろう。また、本研究で用いられた水質復元法を探査機「はやぶさ2」が採取した小惑星リュウグウの帰還試料に適用すれば、太陽系初期に存在した微惑星における水質や環境の推定も可能になると期待される。