火星探査車オポチュニティ、ミッションを終了

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2004年1月に火星に到着し、14年以上にわたって活動を続けてきたNASAの探査車「オポチュニティ」の運用が終了となった。昨年6月に火星の砂嵐に見舞われて通信が途絶え、1000回以上も通信回復が試みられたものの、復活はかなわなかった。

【2019年2月20日 NASA JPL(1)(2)

NASAの火星探査車「オポチュニティ」は2003年7月に打ち上げられ、2004年1月24日に火星のメリディアーニ平原に着陸して、地表を移動しながら探査を行ってきた。設計上は90日間の稼働で1kmの走行を行う探査車であったが、耐久性、科学的重要性、寿命といったすべての面で当初の予想を大幅に越え、2004年から2019年までの15年以上にわたり稼動を続けた。結果として予想寿命の60倍以上も長持ちし、45km以上を走破した。この距離は地球以外の天体における走行最長記録である。

オポチュニティの車輪の跡
オポチュニティの車輪の跡。2010年8月4日に撮影(提供:NASA/JPL-Caltech、以下同)

2018年6月、火星で大規模な砂嵐が発生し、その影響がオポチュニティの周辺にも及んだ。空が暗くなったために太陽電池による起電力が低下したオポチュニティは、6月10日を最後に地球との交信を絶った。その後、運用チームでは8か月間にわたり1000回以上もコマンドの送信を実施したが、オポチュニティからの信号が再び地球へ届くことはなかった。そして先週、ついに運用終了が発表された。「あらゆる技術的な手段を講じてきましたが、これ以上続行しても、オポチュニティとの通信が復活する見込みは非常に低いと判断しました」(NASAジェット推進研究所 火星探査車マネジャー John Callasさん)。

《オポチュニティの主な記録や功績》

  • 2005年3月20日、1日に220mを走行
  • 360度のパノラマ・カラー画像15枚を含む、21万7000枚以上の画像を地球へ送信
  • 岩石52個の表面を露出させて新鮮な鉱物の分析を実施。また、72個の探査対象に対して分光器や顕微撮像器での調査を実施
  • 着陸地点で、水の中で形成される鉱物である「ヘマタイト」を発見
  • エンデバークレータで過去に水の作用があったことを示す強い証拠を発見

「オポチュニティは、私たちの研究に役立つ、水に関する証拠を届けてくれました。オポチュニティと、双子の探査車である『スピリット』の発見を合わせると、太古の火星は、乾燥し低温で荒涼とした現在の様子とは相当異なっていたことが示されました」(米・コーネル大学 Steve Squyresさん)。

数字で見るスピリットとオポチュニティ
数字で見る双子の探査車「スピリット」(左)と「オポチュニティ」(右)の記録。数字は上から順に寿命、撮影画像枚数、全走行距離、走行した斜面の最大傾斜角度

過去にもオポチュニティは数々の困難に見舞われてきた。車輪の故障やヒーターの不調のほか、2007年には2か月続いた砂嵐にもさらされた。探査車の運用チームはそのたびごとに、解決策を探しだして探査車を立ち直らせてきた。しかし、昨年夏の砂嵐の猛威は、14年以上も働き続けてきた探査車には大きすぎるものだった。

「オポチュニティは、10年以上にわたり惑星探査分野の象徴的存在であり続け、太古の火星上に水が存在し、生命を育む環境が存在していた可能性を示してくれました。オポチュニティが残してくれた情報という遺産が、現在稼働中の探査車『キュリオシティ』や探査機『インサイト』などに受け継がれることで、私たちの喪失感はやわらぐはずです」(NASA科学ミッション局副長官 Thomas Zurbuchenさん)。

「オポチュニティが私たちに与えてくれた影響は多大です。探査の達成や素晴らしい発見、ミッションを通じて宇宙探査に携わった若い科学者や技術者、さらにキュリオシティなどに引き継がれる火星探査車という技術遺産として、これからも忘れ去られることなく私たちの中に残り続けると思います。さようなら、オポチュニティ。よくやってくれた」(Callasさん)。

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