南緯45度の星空案内人
第24回 「南十字星が一年中沈まないクイーンズタウン」

Writer: 米戸実氏

《米戸実プロフィール》

1964年大阪生まれ。子供の時から南半球に興味を持ち始め、ハレー彗星はニューカレドニアへ。卒業後にニュージーランドへ冒険旅行に出て、旅行と南半球にすっかりはまる。両国の旅行会社に勤務し、現在クイーンズタウンでスターウオッチングツアーを運営する傍ら、オーロラ撮影に熱中。

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皆様、1ヶ月ぶりの更新です。先月は日本に帰国し家族に会い、少し休養も取り、季節が反対のニュージーランドに戻ってきました。恒例の鉄道による日本一周もしましたが、人身事故の影響でダイヤが大きく狂ったり、青森県の奥入瀬渓流では、足元の落枝が足に絡まり、カメラの三脚を巻き込んで倒れてしまいました。バッテリーパックとレンズを装着したカメラが渓流にダイビングしたのです。しかし防塵防滴構造だったためか、旅を続けながら3日間の乾燥で復活しました。星を撮る赤外カット改造のカメラは、ここニュージーランド(NZ)でお留守番だったので問題ありませんでしたが・・・。

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日本滞在中は美味しいものを沢山食べたので、体重が2キロも増えました。このままゲレンデに出れば、さぞかしスピードが出るでしょう。そうNZはスキーシーズン真っ盛りです。

さて、3週間の日本滞在でしたが、夜空を見上げることはありませんでした。梅雨で天気の悪い日が多い中、すっきりと晴れている夜もありましたが、ここNZの夜空には決して勝てません。ですので、夜空はNZに帰ってから・・・ということで、日本の夜は家族と過ごし、美味しいものを食べて過ごしたわけです。

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そして、日本から戻り3週間ぶりのNZの大地を踏んだその夜に、スペシャルゲストの来訪がありました。なんとアストロアーツ社のスタッフで、過去にワーキングホリディ制度を利用してNZに滞在した経験がある方でした。もちろん、NZの夜空の凄さを知っていて、大切な休暇を久しぶりのNZ訪問にあてたのだそうです。私も星空を3週間も見ていなかったので、天の川を見たくて仕方がなかったので、その方と一緒に朝方まで夜空を眺めていました。

彼は手元に発売中の「星空ナビ」を持っていて、とても便利な道具に大いに驚かされました。「星空ナビ」は、ニンテンドーDS用のソフトです。彼は私の横でそのソフトを入れたDS本体をくるくると回し始めました。何をされているのか大変不思議でしたが、赤道儀のアライメントと同じかなと察しました。そしてDSの画面に映し出されるものを見て驚きました。私がツアー中に案内している南天の面白い名前の星座名まで表示されており、技術の発達に感嘆しました。南半球でも正常に動作するので、はえ座、カメレオン座、ぼうえんきょう座、インデアン座、ちょうこくしつ座などの南天特有の星座も、一目で星座の形まで描き出されていました。

次から次へと出てくるハイテク製品、次に登場したのはステラナビゲータです。そこには、自分が理解していた場所と違う場所に海王星が表示されており、精度の高さに驚きました。実際の夜空には、ステラナビゲータの表示通りの位置に海王星が見えており、やはりネットで調べるのとは訳が違うと思いました。もしステラナビゲータと出会わなければ、違う星を海王星とみなしていたに違いありません。

3週間の休暇だったのですが、NZへ戻ってみると星の位置がかなり違っていて、朝方まで星を見ていると、数ヶ月先の星空を見るため、時差ぼけを起こした感じがしました。雲が出てきたので、午前4時30分頃には退却しましたが、そのころには真横に傾いていた南十字も真っ逆さまになる、いわゆる下方経過の姿に近い所まで傾いていました。写真右上にほぼ逆さまの南十字が輝いています。

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しかし、ここは南緯45度。天の南極から30度しか離れていない南十字星は沈むことがないのです。下方経過中、最も下に来るガクルックスでさえ高度12度付近を通り、大気による減光もほぼ感じません。その隣りに位置するエータカリーナ星雲を下方経過で撮影したことがありますが、やはりとても綺麗なできあがりとなりました。

さてやっと本題です。皆さんの中に、南十字星はある「一つの星の事」を指すと思い込んでいる方はいませんか。ツアーでも時々勘違いされている方がおられます。南十字星とはニックネームであり、正式には「みなみじゅうじ座」のことを意味しています。4つの星で十字架を作り出すので、このような名前が付いたのでしょう。またこの星座ですが、実は全天88星座の中で最も小さく、両手を伸ばした拳の中に4つの星が全部入ってしまうほどです。多くの方が、オリオン座やさそり座のように、大変大きな星座だと勘違いされています。

私は日中、観光ガイドの仕事もしていますが、星の話になった時に「昨晩、南十字を見た!」と興奮気味に話す方がたくさんおられます。方向と大きさを聞くと、やはり全く違うものを南十字と勘違いされていました。「握り拳の中に4つも入るんですよ」とお話すると、「やっぱりアレじゃなかったのね」と悔しがられます。

さて、その南十字ですが、クイーンズタウンだと一年中地平線に沈みませんが、NZ最大の街オークランドではどうでしょうか?クイーンズタウンは南緯45度01分。オークランドは南緯36度55分なので、その差は8度強。真っ逆さまになる時、一番下を通過するガクルックスは4度の高さを通ることになります。南十字の縦の線を作る星アクルックスまでは6度ほど離れていますので、一番高い所を通るアクルックスでさえ、高度10度の所を動くことになります。そう大都会のオークランドでは高層ビルが邪魔で、南十字を捉える事は至難の業なのです。

しかし、オークランドはまだマシです。お隣の国オーストラリアでは、多くの場所で南十字が地平線に沈んでしまい、11月前後には見られなくなります。

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それではオークランドと同様に、主要都市の緯度を調べてみて、本当に南十字が見えなくなるのか確認してみましょう。

まずはかなり南に位置するタスマニア島のホバートから。ホバートの緯度は南緯42度54分なので、NZのクライストチャーチの43度32分に近く、南十字が逆さまになっても地平線に沈むことはなさそうです。次にメルボルン。ここの緯度は南緯37度49分なので、オークランドよりは南に位置していて、ここも大丈夫。しかしオークランドと同様、高層ビルが立ち並んでいる所では、その姿を捉えることは難しいので、かなり遠くまで車で移動しなければならないでしょう。

さて、問題はここからです。シドニーを見てみましょう。シドニーの緯度は南緯33度55分です。オークランドよりも3度低いので、一番下を通る星はギリギリ地平線の上ですが、その高度は1度台。そう4つの星がほぼ地平線の真上にいる感じ。次にパース。ここは南緯31度58分。パースはシドニーよりも2度低く、オークランドよりも5度低いので、残念ながらガクルックスは地平線に沈んでしまうことになります。

同様に、パースよりも北に位置する大都市を調べてみると、無条件で南十字が地平線の下に沈んでしまうことがわかります。例えば、ブリスベンは南緯27度28分、エアーズロックは25度20分、ケアンズは16度51分、ダーウィンは12度28分と赤道に近くなるにつれて、南十字は地平線にめり込んでしまうことになります。ブリスベンでは4つ中一つしか地上になく、後の3つは全て地平線の下になります。ケアンズにおいては4つ共、深くめり込んで沈むので、朝方まで南十字は昇って来ません。

オーストラリアの事ばかりだと怒られるので、太平洋の島々も見てみましょう。

  • ニューカレドニア・ヌーメア:22度16分
  • タヒチ・パペーテ:17度32分
  • フィジー・ナンディ:17度48分
  • トンガ・ヌクアロファ:21度07分

いずれも緯度が低いので、11月頃の真夜中は南十字が地平線の下に沈んでしまいます。

そう、11月と言えば、ここクイーンズタウンでも一年で一番観光客の多い月。春を向かえ、たくさんの植物も見られる時期です。当然、南半球への旅を計画される方が増えます。しかし、このように南十字が見られなくなってしまう場所があることをどうか覚えておいてください。現地に行ってから、南十字が見られないとわかってからでは、とくにそれがハネムーンだったりしたら、落胆はさぞ大きなものになるのではないでしょうか・・・。

ということで、11月頃に南半球に起こしになり、南十字星を見ることを心待ちにされている方は、どうぞクイーンズタウンにお越しください。またお友達にも教えてあげてください。“この時期は緯度が高い所でないと、南十字が逆さまなので、下手をすると見られなくなる可能性もありますよ”とね。

実は南十字だけではありません。南十字は天の川のど真ん中で輝いていますので、この「天の川」も地平線に沈んでしまいます。幸いクイーンズタウンでは両方とも沈みませんので、写真のような景色を見ることができます。中央下部の緑で描かれているのが、ほぼ逆さまの南十字で、左上の白い物体は大マゼラン星雲です。もちろん肉眼で見えます。

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南十字が下方経過を迎えるころ、東の空からは逆さまのオリオン座がシリウスの輝きを伴って昇ってきます。そうすると、明るい順番にシリウス、カノープス、リギルケンタウルスと線で結ぶと、「への字」ができあがります。皆様も一度、への字を体感しに当地へお越しください。

さて次回はいよいよ最終回です。何を書こうか考え中ですが、太陽活動絶頂期を数年後に迎え、もはやライフワークとなってしまった南半球のオーロラに想いをはせてみたいと思います。

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