南緯45度の星空案内人
第3回 「感動、全天を覆う南半球の虹色オーロラ」
Writer: 米戸実氏

《米戸実プロフィール》

1964年大阪生まれ。子供の時から南半球に興味を持ち始め、ハレー彗星はニューカレドニアへ。卒業後にニュージーランドへ冒険旅行に出て、旅行と南半球にすっかりはまる。両国の旅行会社に勤務し、現在クイーンズタウンでスターウオッチングツアーを運営する傍ら、オーロラ撮影に熱中。

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「えっ、ニュージーランドでもオーロラが出るんですか?」これはクイーンズタウンに来られる日本のお客様の殆どが発せられるお言葉です。

1988年にこの地を初めて踏んだ時は、私もオーロラが見られるとは知りませんでした。実は初めてこの目で赤いオーロラを見たのは1994年の事で、友人宅でテレビを見ていた時に「オーロラが出ている。外に出てご覧あそばせ!」という電話が入った時でした。

実際に赤い光が南の空で揺れていました。その時は空がほんのり赤くなる程度で、私の心を動かすには及びませんでしたが・・・。夏は仕事が順調で、冬もスキー一直線。ニュージーランドに引っ越してからは赤道儀架台もなく、星を撮る事もご無沙汰していました。しかし、運命の歯車はその時に向かって着々と動いていたのです。

そして2001年3月31日、街中で働いていた私に日本人の星仲間から電話がありました。「おいキャメル(私のあだ名)、外に出てみ!オーロラで全天真っ赤やぞ!」と。「全天真っ赤とはまた大げさなことを・・・」と思いながらも家の外に出てみました。しかし、そこは人口1万人程度の街の心臓部、流石にネオンライトもあってか普通の夜空にしか見えませんでした。どこが全天真っ赤???と仕事を続けていました。

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しかししかしです。仕事を終えて駐車場に向かう道中で私はビックリ仰天したのです。それはネオンライトが遮られた瞬間でした。「なんじゃこりゃ〜(またまた登場・何度も感動する私である)」と歩みが完全に止まってしまいました。本当に空全体が真っ赤で、真上から肌色も混じってオーロラが降り注いでいたのです。カーテンも至る所でなびいており、それはまさに自然が作り出した芸術と呼ぶに相応しいディスプレイだったのです。

慌てて10分先の自宅に帰宅し、身重の嫁さんに「ΦΨΔΞΓΔΧΣ※・・・」と言葉にならない宇宙語でオーロラの大出現を知らせていました。「こんな大出現は、カナダ、アラスカ、北欧でも滅多に無いはず・・・」と慌ててフィルムを探すのですが、高感度フィルムなんぞあるわけも無く、こんな事なら常時フィルムを買い溜めておけば良かったと後悔させるほどでした。仕方なく、子供が生まれて来たときのためにと準備しておいたISO200のフィルムをカメラに装填し、三脚、レリーズと一番大事な嫁さんを連れて裏庭に出ました。

友人の知らせから数時間が経過しているにも関わらず、夜空は七色の光のシンフォニーがまだ続いていました。慌てて撮影の準備をするも、露出やシャッター開放時間等分かるはずもなく、天体写真の経験で推測するしか方法がありませんでした。 ISOはたったの200。当時はデジタルカメラも無いので、いきなりの本番であります。フィルムは1本しかなく、失敗は許されません。その時に経験だけで撮ったのがこれです。自宅の庭から撮影したものです。

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あと数週間で生まれてくる子供と3人一緒に見上げた全天オーロラ。秋になろうとしているので、嫁さんが身体を冷やしてはいけないと、早めに切り上げ自宅に戻りました。しかしオーロラは夜明けまで続きました。結局、午前5時前に見た七色のカーテンを最後に寝床に入りました。

ところで、何故こんな低緯度であれだけのオーロラが見られるのでしょう。その頃は分からない事ばかりでしたが、最近やっと分かってきました。地磁気南極点が地理上の南極点よりもオセアニア両国方向にずれて位置しており、これがクイーンズタウンに大オーロラを出現させる原因だと分かりました。オーロラは地球という大きな磁石と関係しており、その磁石のN極がオセアニア両国寄りにあり、オーロラ帯がクイーンズタウン上空にかかっているのです。

そして同年の11月24日にもオーロラの大出現がありました。太陽黒点の大規模フレア爆発による衝撃波がやってきたのです。この時も星仲間からの連絡でした。出現当初はやはり赤色オーロラでしたが、時間が経つと消えていってしまいました。南の空には白い水蒸気の様なものが漂っており、それがオーロラだと気付くのにかなりの時間を要しました。白いオーロラなんぞ聞いたこともなかったのですが、現像後に気が付きました。この白い水蒸気こそ、緑色に写るオーロラだったのです。

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その後も年に2回の大規模オーロラに遭遇しました。地球方向を向いた状態でフレア爆発が発生するとオーロラが見られる事を知りました。このフレア爆発を監視していれば、オーロラを見逃さずに済むのです。そして、太陽表面のコロナホールからのそよ風でも、もっと頻繁にオーロラが出現することも知りました。

それからというもの、小型のスポーツカーを購入し、一コマでも多くのオーロラを撮るためにエンジンオイルが焦げるほどアクセルを踏んで撮影地に出撃していく日々が続いたのです。冷蔵庫にはフィルムを常時保管して、直ぐに撮影出来る体制を整えるまでになったのです。ここまで来ると趣味の領域を超えている感もありますね(笑)。

そんなある日、若かりし頃のことを思い出しました。大学で天文同好会以外にも音楽サークルに所属していた私は、生意気にもオリジナルソングを作っては、サークル主催のコンサートに挑んでいました。作った曲の中に「オーロラ」という歌があります。既にニュージーランドに住んで10年以上経ったある日、その歌詞を読み返してみて驚きました。通常、オーロラといえば北半球のそれが有名ですが、私の曲は南半球のオーロラの事を歌っていたのです。しかも日本を船で出航してから南極大陸に到達する内容となっています。写真中央が恥ずかしながら私です。

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まさか大学時代に作ったオリジナル曲の通りに、南半球のオーロラを追い求める事になろうとは、お釈迦様もご存知なかったでしょう(笑)。

今年は太陽活動が最も低下した時期で、まだ一度も大規模なフレア爆発がありません。しかし、コロナホールからのそよ風と磁場の南向きが重なり、立派なオーロラを毎月撮影しています。その筆頭が2007年1月30日未明のマクノート彗星とのランデブーでした(第1回を参照下さい)。南緯45度にして、しかも太陽活動が不活発な時期にして、これだけ頻繁にオーロラが見られるクイーンズタウンは、満天の星と大自然に囲まれている素晴らしい街です。皆様もニュージーランドの南島にお越しの節は、最高峰マウントクック以南がハイライトですので、どうぞお忘れなく。

次回は、皆様にもっとニュージーランドを知って頂こうと思い、南天の星空の魅力とお勧めのニュージーランド旅行をご紹介したいと思います。

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