特定の宇宙線粒子だけが加速される様子をレーザー実験で再現
【2025年5月9日 大阪大学】
宇宙には、超新星残骸や宇宙ジェットなど、希薄なプラズマの中に衝撃波ができている構造が様々な場所で見られる。宇宙を飛び交う高エネルギー粒子である「宇宙線」は、このような宇宙プラズマ衝撃波の中で作られると考えられているが、具体的にどのような物理過程で宇宙線が加速されるのかはまだよくわかっていない。
大阪大学レーザー科学研究所の坂和洋一さんたちの研究チームは、レーザー宇宙物理学の手法を用いて、地上の実験室で宇宙線加速の機構を解明することを目指している。
坂和さんたちは今回、同研究所の大型レーザー実験装置「激光XII号」と超高強度レーザー「LFEXレーザー」を使い、宇宙プラズマ衝撃波によって特定の種類の宇宙線粒子だけが選択的に加速される様子をとらえることに成功した。これらのレーザー実験装置は「パワーレーザー」と呼ばれ、ナノ秒(10億分の1秒)からピコ秒(1兆分の1秒)というきわめて短い時間で高エネルギーのレーザーを発生させることができる。
大型レーザー実験装置「激光XII号」(提供:大阪大学レーザー科学研究所)
坂和さんたちの実験では、まずプラスチックの薄膜に激光XII号からのレーザー光を照射して薄膜をプラズマ化させ、その数ナノ秒後にLFEXからピコ秒スケールのレーザー光を照射して、プラズマの中に衝撃波を発生させた。LFEXレーザーの強度や照射のタイミングを様々に変えてプラズマの密度を調整しながら、プラズマに含まれる炭素イオンと水素イオンのエネルギーを調べたところ、プラズマ衝撃波によって水素イオンだけが選択的に加速される様子が初めて実験でとらえられた。
(上)加速されたプラズマ粒子を「トムソンパラボラ分光器」と呼ばれる装置で検出したデータ。プラズマ粒子は電場と磁場によって進路を曲げられ、エネルギーに応じて横軸方向に、また質量数/電荷比に応じて縦軸方向に分散され、粒子の種類ごとに放物線状の痕跡を残す。上段が衝撃波が生成されていない時、下段が衝撃波が生成されている時の痕跡。上段では水素イオンと3種類の炭素イオンが検出器に到着しているが、下段では炭素イオンが見られず、水素イオンだけが加速されて検出されたことがわかる。(下)上図のプラズマ衝撃波で加速された水素イオンのエネルギースペクトル(提供:大阪大学リリース)
従来は、宇宙空間でのプラズマ現象を調べるには人工衛星や探査機を送り込んで「その場」観測を行うか、望遠鏡で観測するしかなかった。今回のような大型パワーレーザーを使って実験室でプラズマ衝撃波を作り出す方法なら、何度でも条件を変えて実験を試行でき、プラズマ全体の構造と特定部分の様々な物理量とを同時に計測することもできる。このように人工的に宇宙線を生成する手法を従来の観測と組み合わせることで、宇宙線の研究が大きく進展するかもしれない。
「大阪大学レーザー研にある世界有数の2種類のパワーレーザー、激光XII号とLFEXを使うことによって、初めて実現できた研究です。レーザー宇宙物理学は、天文学、プラズマ物理学、レーザー科学など、多分野にまたがる学際的な研究で、高時間分解などの最新計測技術も必要です。多くの共同研究者と一緒に、レーザー宇宙物理学を観測、理論・シミュレーションに次ぐ第三の宇宙物理学の柱として確立し、宇宙物理の発展に貢献したいです」(坂和さん)。
〈参照〉
- 大阪大学:宇宙プラズマ衝撃波による宇宙線の選択的加速をレーザー実験で初観測 −「実験による天文学」を切り拓く2種類のパワーレーザー装置−
- Physical Review Letters:Laser-Driven Proton-Only Acceleration in a Multicomponent Near-Critical-Density Plasma 論文
〈関連リンク〉
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