降着円盤の構造をとらえる新たな手法、可視光線とX線の高速同時観測

このエントリーをはてなブックマークに追加
矮新星はくちょう座SS星では、可視光線における秒スケールでの明るさの変化がX線に連動していることがわかった。矮新星を構成する白色矮星の降着円盤について知る新たな手がかりとなりそうだ。

【2022年5月23日 東京大学大学院理学系研究科・理学部

生まれつつある恒星から、銀河中心核の超大質量ブラックホールまで、大量の物質が中心天体に取り込まれるような場面では、降着円盤と呼ばれる構造が形成される。降着円盤は、ガスの回転による遠心力が中心天体の重力と釣り合うことで維持されていて、ガスが摩擦で回転速度を失うことで中心へと落下していく。この摩擦でガスが加熱され、降着円盤は明るく輝く。

降着円盤の多くは、望遠鏡でも点にしか見えない距離にある。そのため、円盤の構造について知るには、多波長での観測や明るさの時間変動を手がかりとする必要がある。このような観測によって降着円盤の仕組みが解明されてきた天体として挙げられるのが矮新星だ。矮新星とは、高密度な天体である白色矮星と通常の恒星が極めて接近した連星系で、恒星から白色矮星へガスが流出し、降着円盤を形成している。定期的に「ししおどし」のように円盤のガスが急激に白色矮星へ落下するメカニズムが働くため、矮新星は一定の周期で急増光を示す。

代表的な矮新星はくちょう座SS星(SS Cyg)は、1か月ほどの周期で増光と静穏の状態を繰り返す。また、X線から可視光線まで幅広い波長帯域で明るく、とくに可視光線では100年以上もの間観測され続けている。

矮新星はくちょう座SS星の想像図
矮新星はくちょう座SS星の想像図。中心の白色矮星、周りを取り巻く降着円盤、円盤にガスを供給する伴星から成る(提供:東京大学木曽観測所)

このはくちょう座SS星が、静穏期でも可視光線で2.5倍、X線で10倍も明るくなるという状態が、2019年8月から1年以上にわたって続いている。これは長い観測の歴史の中で初めてのことだ。東京大学の西野耀平さんたちの研究チームは、この機に降着円盤天体について新たな知見が得られると考え、可視光線とX線での同時観測を2020年9月から11月にかけて実施した。可視光線観測には東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡に搭載された高速動画カメラ「トモエゴゼン(Tomo-e Gozen)」、X線観測には国際宇宙ステーションに設置されているNASAのX線望遠鏡「NICER」を使い、どちらの波長でも秒以下での変動までとらえられる観測を実現している。

このうち2020年9月14日に観測した約500秒のデータから、可視光線とX線の変動が同期していることが明らかになった。はくちょう座SS星で可視光線とX線の変光がはっきりと連動しているのが検出されたのは初めてのことだ。また、明るさが急激に変化した部分に着目すると、可視光線の変化がX線の変化に対して約1秒遅れていることがわかった。X線に対して可視光線が遅延する現象が矮新星でとらえられたのは、これも初めてだ。

時間変動の観測結果
はくちょう座SS星の可視光線(赤)とX線(青)の明るさの時間変動。ピンクで示されているのは、明るさの変化が急激だった区間(提供:東京大学大学院理学系研究科・理学部リリース、以下同)

矮新星の降着円盤では、X線は白色矮星付近の高温に加熱されたガスから発せられ、可視光線は比較的低温な円盤外縁部から出ている。また、今回検出された可視光線の遅延は、はくちょう座SS星の白色矮星付近から降着円盤の外縁まで光が伝播する時間とおおよそ一致する。このことから、中心付近の高温ガスからのX線が降着円盤と伴星の表面に当たり、それによって加熱されたガスが可視光線を再放射したのだと考えられる。

円盤の幾何学的構造
はくちょう座SS星の円盤の幾何学的構造の説明図(円盤面の方向から見た断面図)

X線が円盤の外側へ届くには、高温ガスが分布する中心付近の円盤がある程度厚くなければならない。今回のような可視光線とX線の連動は過去に観測されてないことから、中心付近における円盤の拡大は最近起こった可能性がある。

これまで、矮新星の構造をとらえるためには、もっぱらX線のスペクトル解析が用いられてきた。一方、今回の研究では可視光線とX線の同時観測により、降着円盤の形状に関する知識を得ることに成功している。この手法は他の天体における降着円盤にも応用できるだろう。西野さんたちはさらに、可視光線とX線以外も用いた多波長の高速同時観測も検討している。

関連記事