宇宙反ニュートリノの実証、グラショー共鳴を初検出

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南極のニュートリノ検出器「IceCube」が、ニュートリノの反粒子である反ニュートリノが宇宙から飛来して起こした「グラショー共鳴」を初めてとらえた。

【2021年3月18日 千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター

「グラショー共鳴」とは、自然界における4つの力のうち電磁気力と弱い相互作用を統一した理論への貢献で1979年にノーベル物理学賞を受賞した米国の物理学者Sheldon Glashowさんによって提唱された現象だ。Glashowさんは1960年の論文で、反ニュートリノ(ニュートリノの反粒子)と電子が衝突すると、弱い相互作用によって未知の粒子が生成されるという予測を発表した。この素粒子は今では「Wボソン」と呼ばれ、1983年に欧州原子核研究機構(CERN)の粒子加速器による実験で見つかった。

ただし、加速器で実現されたのはグラショー共鳴とは異なる反応である。Wボソンの質量は陽子の約80倍と、Glashowさんの予想をはるかに超える値だった。反ニュートリノも電子も軽い素粒子なので、反ニュートリノが約6.3PeV(ペタ電子ボルト=1000兆電子ボルト)という極めて高いエネルギー、つまり超高速でぶつからなければWボソンの質量にならないが、現時点における地球上で最大の加速器でさえも、その500分の1程度のエネルギーまでしか粒子を加速できない。

しかし、宇宙には超大質量ブラックホールのように、それ以上の高エネルギーを実現しうる天然の加速器が存在する。そして実際に6PeVを超えるエネルギーを得てほぼ光速まで加速された反電子ニュートリノ(3種類あるニュートリノの一つである電子ニュートリノの反粒子)と思われる粒子が、2016年12月6日に地球へ飛来した。粒子は南極の氷床で電子にぶつかり、生成されたWボソンはすぐに崩壊して多数の二次粒子をまき散らした。

この現象の様子を、南極の氷の中に埋められている巨大なニュートリノ検出器「IceCube(アイスキューブ)」がとらえていた。

アイスキューブ
南極点にある「アイスキューブ(IceCube)」観測施設。氷床の中に5160個の検出器が埋め込まれている(提供:IceCube Collaboration、以下同)

2010年に完成したIceCubeは、これまでたびたび宇宙から飛来するニュートリノを検出する成果を挙げてきた。ただ、ニュートリノと反ニュートリノを観測的に区別するのは非常に難しい。一方、グラショー共鳴は反ニュートリノが引き起こすとわかっている現象だ。つまり今回の観測成功は、単に50年以上前の予測が確認されたというだけにとどまらず、初めて宇宙から反ニュートリノが飛来している証拠が得られたという点で意味がある。

「グラショー共鳴」のイベントデータ
アイスキューブが検出した「グラショー共鳴」のイベントデータ。(上段左)光速よりも速い速度で氷中を伝搬して通過したミューオンの模式図。(上段右)ミューオンが、ハドロンシャワーの電磁成分によって生成されたチェレンコフ光(青い部分)よりも先に、最も近い検出器(67番目のケーブルに連なるDOM検出器54番と55番)に到達している。(下段)54番と55番の検出器の時間経過にともなう堆積電荷の分布。赤い点線がチェレンコフ光を検出したタイミング。左側の赤い部分が、チェレンコフ光よりも先にミューオンが検出されていることを示している

1987年に岐阜県のカミオカンデが超新星からのニュートリノを検出したことで、ニュートリノ天文学が本格的に始まった。反ニュートリノの検出は、そこに新たな展開を加えるものとなる。たとえばニュートリノと反ニュートリノの比率から、高エネルギー粒子の生成場所である超大質量ブラックホールなどに満ちる光やガスの量、磁場の強さを知ることができるはずだ。今後、可視光線や赤外線で直接観測できない超大質量ブラックホールといった天体の物理的サイズや磁場強度などの特性を調べることができるようになると期待されている。

グラショー共鳴を引き起こした反電子ニュートリノが地球内部に到達するまでの模式図
「グラショー共鳴」を引き起こした反電子ニュートリノが何億光年も彼方の天体から長い距離を旅して地球内部に到達するまでの模式図。青い点線が辿った経路を示す。画像クリックで表示拡大