44億年前の火星を温暖にした、水と巨大隕石衝突
【2020年11月10日 東京大学】
これまでの火星探査によって、約37億年前より昔の火星では表面に大量の水が存在し、生命の存在に適した温暖な環境がある程度続いていた証拠が数多く見つかっている。しかし、この時代は太陽系が誕生してからあまり時間が経っていないため、太陽の明るさは現在の7割程度しかなかったと考えられている。太陽活動が弱かったにもかかわらず、当時の火星でなぜ温暖な気候が維持されていたのかはよくわかっていない。
この問題について、デンマーク・コペンハーゲン大学のZhengbin Dengさんと東京大学の三河内岳さんたちの研究チームは、火星から飛来した隕石「NWA 7533」の分析を行い、この時代の火星の環境を推定できる痕跡がないかを調べた。
NWA 7533はモロッコで採取された隕石で、別の隕石「NWA 7034」と併せて"Black Beauty" という愛称で呼ばれている。この2つは元々同じ隕石が落下時に分裂したものと推定されていて、約44億4000万年前の火星表面でマグマが固まってできた岩石が、その後の隕石衝突によって火星から飛び出し、地球に落下したものであることがわかっている。火星隕石はこれまでに100個ほどが発見されているが、これほど年代の古いものはこのBlack Beautyしかない。
火星隕石NWA 7533。右の立方体の1辺が1cm(提供:東京大学)
DengさんたちがNWA 7533に含まれる元素の割合や同位体の分析を行ったところ、この隕石の元となったマグマは、元々の状態から酸素が100万倍も増えた環境を経験していることが明らかになった。また、この隕石に含まれる火成岩質の岩片の中に、ニッケルやイリジウムなどの微量元素が濃集しているものが見られた。これらの微量元素は火星の外から隕石として持ち込まれたものだと考えられるという。
これらの結果から、研究チームでは、約44億年前に火星に巨大な隕石が衝突して火星の地殻が融けると同時に、当時の火星表面に存在していた水から大量の酸素が発生して、酸素がきわめて豊富な条件の下でマグマができ、これが結晶化してNWA 7533の元の岩石となったと推定している。
太古の火星でこうした大規模な隕石衝突が起こったとすると、火星の表面にあった水からは酸素だけでなく水素も大量に発生し、火星の大気中に放出されたはずだ。火星の大気は当時も今もほとんどが二酸化炭素だが、この隕石衝突の直後にはここに水素が加わることで、火星の温室効果が強まったと研究チームでは考えている。たとえば、直径100kmの巨大隕石が当時の火星に衝突したとすると、火星の気温は約60℃も上昇し、これによって液体の水が存在できる条件が数千万年にわたって続いたと研究チームは見積もっている。
今回の研究によって、太古の火星で温暖な気候が長く続いた原因が、表面に水が存在したことと、巨大隕石衝突で温室効果が引き起こされたことにあるという可能性が初めて示された。また、44億4000万年前という火星誕生直後にすでに水が存在していた証拠が見つかったのも初めてのことだ。地球や火星などの内惑星に存在する水の起源としては、水を多く含む小惑星が大量に降り注いだことでもたらされたという説と、原始惑星系円盤から惑星が形成されるときに副産物として自然に水がもたらされるという説があるが、今回の結果は後者を支持するものだ。
研究チームでは、他の太陽系天体でもこれと同じようなイベントが起こっていた可能性があり、生命が誕生する環境は多くの太陽系天体で普遍的に存在していたのかもしれないと考えている。「火星の水は火星が形作られるのと同時に現れたことを示唆する結果です。惑星の水は惑星形成の過程で自然に生じるもので、水を多く含む小惑星のような惑星外の供給源を考える必要はないかもしれないことを示しています」(コペンハーゲン大学 Martin Bizzarroさん)。
〈参照〉
- 東京大学:火星隕石の分析から太古の火星表層に水が存在した証拠を発見
- 東京大学総合研究博物館:火星隕石が明かす42億年間に渡る火星の内部構造とダイナミクス
- University of Copenhagen:Researchers present wild theory: Water may be naturally occurring on all rocky planets
- Science Advances:Early oxidation of the martian crust triggered by impacts 論文
〈関連リンク〉
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