CALET、最高4.8TeVの宇宙線電子の計測に成功

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国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟に設置されている宇宙線電子望遠鏡「CALET」が、宇宙線電子のスペクトルを世界最高レベルの4.8TeVまで測定することに成功した。高エネルギー宇宙線に含まれる陽電子の起源解明につながると期待される。

【2018年7月4日 早稲田大学

宇宙空間には高いエネルギーを持つ陽子や電子などの粒子が飛び交っており、こうした粒子を「宇宙線」と呼ぶ。宇宙線の中でも特にエネルギーが高い「高エネルギー宇宙線」は超新星爆発で生み出されると考えられているが、高エネルギー宇宙線がどのように高いエネルギーを得るのかについて、詳しいことはまだ充分にはわかっていない。

高エネルギー宇宙線を直接観測することは非常に難しく、長らく宇宙科学に残された課題の一つとなっていたが、2000年代になって宇宙でも使える高性能な粒子検出技術が開発されたことで研究が大きく進展している。現在は、ロシア・イタリア・ドイツ・スウェーデンの国際協力で2006年に打ち上げられた観測衛星「PAMELA」や、世界16か国の研究者が参加して開発され、2011年に国際宇宙ステーション(ISS)に設置された「アルファ磁気分光器(AMS-02)」などが稼働している。

これらの宇宙線観測プロジェクトでは、宇宙線に含まれる陽電子の比率(陽電子比)がエネルギーの高い領域で多くなる「陽電子異常」と呼ばれる現象が観測されている。この現象はこれまでの宇宙線の加速伝播モデルでは説明できず、想定外の未知の陽電子源が宇宙に存在することを示唆している。今のところ、パルサーから電子と陽電子の対が生まれるとする説や、暗黒物質(ダークマター)の粒子が崩壊して電子・陽電子の対になる、といった説が提唱され、研究・議論が続けられている。

日本は2015年8月に、ISSの「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに宇宙線電子望遠鏡「CALET」(高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を設置し、宇宙線観測の分野では日本初となる本格的な宇宙実験が長期にわたって行われている。

CALET
ISS「きぼう」の船外実験プラットフォームに設置された「CALET」(提供:JAXA/NASA)

CALETは高エネルギーの宇宙線電子を高い精度で観測することに特化した装置だ。主検出装置「カロリメータ」では、最初に粒子が入射する第1の層(CHD)で粒子の電荷と原子番号を調べ、第2の層(IMC)で粒子が飛んできた方向を測定する。さらに最も厚い第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定し、これら3層の情報を統合して宇宙線の詳しい情報が得られる仕組みである。

CALETの主検出装置「カロリメータ」
CALETの主検出装置「カロリメータ」の概要。上から電荷測定器(CHD)、撮像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)(提供:早稲田大学)

これまで1TeV(テラ電子ボルト。エネルギーの単位で、1ボルトの電圧で加速された電子が持つ運動エネルギーが 1eV(電子ボルト)。1TeV はその1兆倍)を超えるエネルギーを持つ電子を計測することは難しかったが、CALETの高い機能と、ISSに設置することで長期間にわたって観測できるという利点とを組み合わせることで、TeV領域までの高エネルギー電子のスペクトルを精密に測定することが可能となっている。

早稲田大学理工学術院の鳥居祥二さんをはじめとする国際共同研究グループでは、これまでのCALETによる観測で、3TeVまでの宇宙線電子スペクトルを高精度で測定することに成功していた(参照:「宇宙からの直接観測で3テラ電子ボルトまでの高精度電子識別に初成功」)。

その後、同グループでは、これまで難しかった測定器の側面を通過する宇宙線を解析する手法を開発するなどして、さらに約2倍のデータ量を得られるようにした。この改善により、CALETは世界最高レベルの4.8TeVまでのエネルギースペクトルを測定することに成功した。

測定された全電子スペクトル
CALETで得られた11GeVから4.8TeVまでの全電子スペクトル。横軸は宇宙線電子のエネルギー、縦軸はそのエネルギーでの流束にエネルギーの3乗をかけたもの。比較のために他の宇宙線観測プロジェクトのデータも表示されている(提供:早稲田大学リリースより)

今後、5年以上観測データを蓄積して全データを解析すると、今回の結果の約3倍以上の統計量が得られる見込みだ。研究グループでは、観測データを蓄積するとともに検出器の性能をさらに改善して、最終的には20TeVまでの全電子スペクトルをかつてない精度で測定し、高エネルギー宇宙線がパルサーや暗黒物質から作られている場合にスペクトルに現れる特徴的な構造を検出することを目指している。

また、1TeV以上のエネルギーを持つ電子は、太陽系のそばで比較的最近起こった超新星爆発で加速されたものだけが地球に到達できることが理論的にわかっているため、こうした高エネルギー電子の加速源となっている超新星残骸がどれなのかをCALETで直接特定できる可能性もある。

現在PAMELAやAMS-02で検出されている陽電子比の異常がどのような起源から生じているのかを探るには、現在の技術で観測できる最も高いエネルギー領域で現れる陽電子源のスペクトル構造をとらえることが鍵となる。CALETが測定する全電子スペクトルにも、こうした陽電子の起源の手がかりとなるようなスぺクトルの特徴が現れることが期待されている。

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