江戸時代の古典籍に記録が残る史上最大の磁気嵐

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江戸時代の日記や文献に残された記述から、1770年に京都で観測された巨大なオーロラを発生させた磁気嵐が史上最大規模であったことが推定された。

【2017年9月22日 国立極地研究所

太陽で爆発が起こると、太陽磁場と共に大量のプラズマが放出され、それが地球に到達すると、地球の磁場が一時的に減少して「磁気嵐」が起こる。大きな磁気嵐の場合、極域だけでなく低緯度でもオーロラが見られるようになり、1859年9月に発生した観測史上最大の磁気嵐「キャリントン・イベント」の際には、青森県や和歌山県でもオーロラが見られたという記録が残っている。

キャリントン・イベント以前にも、日本国内におけるオーロラ観測の記録がある。古くは藤原定家の日記『明月記』に記されたもので、1204年の京都で1週間のうちに何度もオーロラが見られたと記述されている。また、古典籍『星解』には山から放射状に吹き出すような形のオーロラが描かれており、「北にある若狭の国で火事が起こったのではないか」という記載から1770年9月17日の深夜に京都から見えたオーロラだと考えられている。

『星解』に描かれた1770年9月のオーロラ
『星解』に描かれた1770年9月のオーロラ。赤い筋の中にさらに赤い筋があるという細かい構造も描かれている。オーロラの下の部分や西や東の端が黒っぽく描かれていることもわかる(松阪市郷土資料室所蔵。提供:三重県松阪市)

国立極地研究所および総合研究大学院大学の片岡龍峰さんたちの研究グループは、京都市伏見区の東丸神社に所蔵されている江戸時代の古典籍、東羽倉家の日記にも同日のオーロラの記述があることを発見した。「オーロラが天の川を貫いた」という記述と、この日の天の川が京都の天頂付近に位置していたことから、オーロラが京都の天頂にまで広がっていたと仮定してシミュレーションで見え方を再現したところ、『星解』の絵図とほぼ同じ形が得られた。

この結果は仮定が正しいということ、つまり、京都から見えたのは遠くの空に輝くオーロラの末端ではなく、京都の天頂近くまで広がった巨大なオーロラだったことを示している。当時の京都の磁気緯度は24度であり、磁気緯度の低い場所にまでオーロラが広がっていたことになる。

1859年のキャリントン・イベントの際にも低い磁気緯度の場所で天頂にまで伸びるオーロラが見られていたが、地磁気は1770年のほうが強かったことを考慮すると、磁気嵐の規模は1770年のほうが1割程度大きいと推定される。『星解』や東羽倉家の日記に記されたオーロラは、史上最大と言われたキャリントン・イベントと同等か、さらに規模の大きな磁気嵐によって発生していたということだ。同規模の磁気嵐が現代に発生すると、ハワイのような低緯度の場所でも『星解』の絵図のような放射状のオーロラを見ることができるかもしれない。

また、今回の研究は、『星解』や東羽倉家の日記が現在の科学の分析に耐えうるものであることを改めて示すものとなった。江戸時代、人々の天文に関する関心は高く、特に珍しい天体現象を細かく書き残して後世に情報を伝えていく習慣があった。本成果は、こうした江戸時代の記録管理のあり方が現在の最新の科学研究と結びついて導かれた、250年前の“市民科学”による研究成果といえる。