銀河衝突で刺激された超大質量ブラックホールから噴き出すジェット
【2020年4月28日 すばる望遠鏡/Clemson University】
銀河の中心核で生じるジェットは、太陽が100億年の生涯で生み出す以上のエネルギーを1秒間で放つという非常に強力な現象だ。これまでにジェットが観測されてきたのはもっぱら長い時間をかけて成長した楕円銀河だったが、ドイツ電子シンクロトロンのVaidehi Paliyaさんたちが行ったすばる望遠鏡による観測で、初めて2つの若い渦巻銀河の合体によってジェットが生じたことを示す画像が得られた。
すばる望遠鏡が向けられたのは、みずがめ座の方向約43億光年の距離にある「TXS 2116-077」と呼ばれる天体である。過去の観測から、TXS 2116-077は中心核が明るい「セイファート1型銀河」であり、ジェットが発生していることがわかっていたが、すばる望遠鏡の撮影で初めて、この銀河に別の銀河が衝突していることが判明した。「すばる望遠鏡の高い解像力により、ジェットを放出するこの銀河が合体途上にあり、隣の銀河と4万光年まで近づいている様子を初めてとらえることができました。これらは銀河合体の最終段階にあるようです」(国立天文台ハワイ観測所 Hyewon Suhさん)。
合体途上にある銀河「TXS 2116-077」(右)と同程度の質量を持つ銀河(左)の近赤外線画像。両銀河はともに活動銀河核を持ち、銀河同士の衝突で発生した相対論的ジェットがTXS 2116-077の中心から噴出している(提供:Vaidehi Paliya))
これまで銀河が衝突・合体する様子は数多く撮影されてきたが、その中に地球の方向へ放たれるジェットが存在する例は初めてである。どうやらこのジェットは形成されたばかりで、比較的弱いようだ。「通常、ジェットが放つ光は非常に強く、背後の銀河の姿は見えません。ある物を見ようとしたときに誰かがあなたに懐中電灯を向けたようなものです。このジェットはそこまで強くないため、誕生現場である銀河を実際に見ることができたのです」(米・クレムソン大学 Stefano Marchesiさん)。
ほとんどの銀河の中心には、太陽の数百万倍から数十億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールがあると考えられている。そこへ引き寄せられたガスや塵はブラックホールの周りに「降着円盤」を形成し、この物質がブラックホールに落ち込んでいくと銀河中心核が膨大なエネルギーを放ち、ときに銀河全体をしのぐほど明るくなる。また、その過程で一部の物質はブラックホールへ落ち込まずに円盤と垂直な方向へ加速され、細く絞られたビーム状のジェットとなって外へ向かって噴き出す。光速近くまで加速されることから、相対論的ジェットと呼ばれることもある。
比較的年齢の若い渦巻銀河ではジェットがあまり見つからず、高齢で質量の大きな楕円銀河で多く見つかる理由は、今回観測されたような銀河の合体で説明できるかもしれない。「銀河のガスを移動させて中心へ到達させることは困難です。銀河を多少揺さぶって、ガスを中心部へ届ける『何か』が必要です。銀河の合体や衝突は、ガスを移動させる最も簡単な方法です。十分なガスが移動すれば、超大質量ブラックホールは非常に明るくなり、ジェットを形成できる可能性が出てきます」(クレムソン大学 Marco Ajelloさん)。
私たちの天の川銀河とお隣のアンドロメダ座大銀河も数十億年後には衝突・合体すると予測されている。「数多くの詳細なシミュレーションが行われており、この出来事が最終的に巨大楕円銀河の形成につながる可能性が示されています。条件によっては相対論的ジェットが形成されるかもしれませんが、それはずっと先のことです」(Paliyaさん)。
〈参照〉
- すばる望遠鏡:すばる望遠鏡、銀河同士の衝突でできたジェットを撮影
- Clemson University:Clemson researchers capture first-ever photographic proof of power-packed jet emerging from colliding galaxies
- The Astrophysical Journal:TXS 2116-077: A gamma-ray emitting relativistic jet hosted in a galaxy merger 論文
〈関連リンク〉
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