クジラ模様が示す、冥王星‐カロン系でのジャイアント・インパクト

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冥王星の赤道域に広がる褐色のクジラ模様「クトゥルフ領域」は、巨大天体衝突「ジャイアント・インパクト」の結果生じたものであることが、地上での化学物質変化の実験などから確かめられた。この衝突で衛星カロンも誕生したと考えられ、冥王星‐カロン系でジャイアント・インパクトが起こったことを強く示唆する結果だ。

【2017年2月2日 東京大学東京工業大学

2015年7月、NASAの探査機「ニューホライズンズ」が史上初めて冥王星に接近通過して観測を行い、冥王星や衛星カロンの表面の詳細な画像を私たちに見せてくれた。この観測以前は、研究者の多くが、冥王星をはじめとするカイパーベルト天体はクレーターだらけの退屈な氷の塊だと思っていたが、実際の冥王星の表面にはハート形の氷河や氷の火山などが見られ、驚くほど多様な物質や地形に彩られていた。

冥王星(右下)とカロン(左上)
ニューホライズンズが撮影した冥王星(右下)とカロン(左上)。冥王星の左下に、褐色のクトゥルフ領域が見える(提供:NASA/JHUAPL、以下同)

冥王星の表面模様の中でひときわ目を引くのが、赤道域に存在するクジラ模様、通称「クトゥルフ領域」(非公式名)だ。同領域は赤道域を中心に、幅およそ300km、長さおよそ3000kmにわたり広がる褐色の領域で、赤道領域全体のおよそ3分の1を占める。この模様の形成にはかつて冥王星で起こった大規模な物理・化学過程が関わっているはずと考えられるが、その成因は謎であった。

冥王星の地図
メルカトル図法で作成された冥王星の地図。下図点線で囲まれた他部分がクジラ模様の褐色の領域「クトゥルフ領域」

東京大学の関根康人さん、東京工業大学の玄田英典さんたちの研究チームは、クトゥルフ領域の成因に関して、衛星カロンの形成に注目した。カロンの質量は冥王星の10分の1ほどもあり、これは主天体に対する割合としては非常に大きい。その起源として、冥王星への巨大天体の衝突「ジャイアント・インパクト」が提唱されているが、実証的な証拠に欠けている。

関根さんたちは、もし冥王星にジャイアント・インパクトが起こった場合、衝突地点付近の氷が加熱されて広大な温水の海ができ、そこで冥王星に元々存在していた単純な分子種が重合反応を起こして褐色の有機物が生成されるのではないかと考えた。

そこで、巨大衝突後の温水の海における化学反応を再現するため、ホルムアルデヒドやアンモニアなどカイパーベルト天体に普遍的に含まれる分子種を含む水溶液を様々な条件の下で加熱する実験を行ったところ、およそ50℃以上で数か月以上の加熱時間の場合、冥王星に元々含まれる物質からクトゥルフ領域と同様の褐色の有機物が生成することが明らかになった。

さらに、こうした温度条件がカロン形成のジャイアント・インパクト時に達成されるのかを数値シミュレーションによって調べたところ、カロンのような大きさの衛星を形成する衝突条件の場合、ほぼすべてのケースでクトゥルフ領域と同程度の広さの加熱領域が冥王星の赤道域を中心に形成されることが明らかになった。

つまり、カロンを形成するようなジャイアント・インパクトが起これば、必然的に赤道域に褐色の領域が形成されることになる。裏を返せば、クジラ模様のクトゥルフ領域が冥王星に存在することは、ジャイアント・インパクトによって冥王星‐カロン系が形成したという説を強く支持するものだ。

また、衝突の条件が変わると天体全体が褐色になったり加熱されず白いままだったりすることも確かめられ、セドナやエリスといった他のカイパーベルト天体の多様性もジャイアント・インパクトの結果であると統一的に説明できることが示された。

地球の月はジャイアント・インパクトで形成されたと考えられているが、本研究の結果から、同様のことが冥王星とカロンでも起こった可能性が裏付けられた。太陽系初期には、地球形成領域から太陽系外縁部までにわたって原始惑星同士が頻繁に衝突・合体するという大変動があり、これを経て現在の太陽系の姿になったことが示唆される。

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