巨大ブラックホールに星が飲み込まれると何が見えるか

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超大質量ブラックホールに星が破壊されるときに出る閃光の種類が、地球からブラックホールを見る角度によって変わるというモデルが提唱された。

【2018年6月4日 カリフォルニア大学サンタクルーズ校

多くの銀河の中心に存在する「超大質量ブラックホール」では、ブラックホールのすぐそばに星が近づくと、強い重力で星がばらばらに壊され、明るい閃光が放射される現象が起こる。これを潮汐破壊現象(tidal disruption event; TDE)と呼ぶ。

ほとんどの銀河では中心ブラックホールは穏やかな状態で、物質を活発に吸い込むことはなく、それゆえ光を放射することもない。潮汐破壊現象はかなりまれな現象で、典型的な銀河では1万年に一度ほどの割合でしか起こらないものだ。しかし、運悪くブラックホールに近づいた恒星が破壊されると、ブラックホールはしばらくの間、星の残骸を「食べ過ぎ」た状態になり、このときに強力な電磁波を出す。

潮汐破壊現象はこれまでに20件ほど観測されている。そこで生じている物理過程はどれも同じはずだが、実際に観測された特徴は現象ごとに非常に異なっている。X線の放射がほとんどを占めている現象もあれば、可視光線や紫外線を放つ現象もある。理論家は、潮汐破壊現象にこうした大きなばらつきがある理由を解明し、ばらばらの形のパズルのピースから一貫したモデルを組み立てようとこれまで取り組んできた。

デンマーク・コペンハーゲン大学のJane Lixin Daiさんたちの研究チームは、これまでに観測されている様々な潮汐破壊現象の違いを統一して説明できる新しいモデルを提唱した。「このような激しい環境の下で物質がどのようにブラックホールに落ちていくのかを知るのは面白いものです。潮汐破壊現象で出る光を観測することで、その現象の背景にある物理を理解し、ブラックホールの特性を導くことができます」(Daiさん)。

Daiさんたちの新しいモデルでは、観測結果の違いを説明するのは観測者の「角度」だ。地球から銀河を観測するとき、その視線方向に対して銀河はランダムにいろいろな方向を向いている。そのため、銀河の向きに応じて潮汐破壊現象の異なる面を見ることになる、というのだ。

Daiさんたちが構築したモデルでは、一般相対性理論や磁場、放射、ガスの流体力学などの要素を組み合わせて、異なる角度から潮汐破壊現象を見たときに観測者に何が見えるかが示されている。これによって、異なる現象を一つの枠組みにまとめることができた。

ブラックホール周辺の断面図
潮汐破壊現象が起こるブラックホール周辺の断面図。ブラックホールに破壊された星の物質は降着円盤(disk)を作り、これが高温になってX線などの高エネルギーの電磁波を出す。降着円盤は外向きに流れ出す物質(outflow)に囲まれているが、円盤の上下にだけ漏斗状の穴(funnel)がある。地球から見てこの穴を覗き込める角度になっていると、円盤から出るX線(X-ray)が直接観測される。地球から円盤の縁に近い方向しか見えない場合は、円盤から出るX線が周囲の物質によって可視光線(Optical)に変換されたものが観測される(提供:Jane Lixin Dai)

「これは獣の身体がベールに一部覆われているようなものです。ある角度から見れば獣の姿が露わに見えますが、別の角度から見るとベール越しに獣を見ることになります。獣自体は同じですが、見る人にとっての見え方は違ってくるのです」(米・カリフォルニア大学サンタクルーズ校 Enrico Ramirez-Ruizさん)。

Daiさんによれば、今後数年のうちに行われるサーベイ観測プロジェクトで潮汐破壊現象についてさらに多くのデータが得られ、この研究分野が大いに広がることが期待されるという。「これからの数年間で数百から数千の潮汐破壊現象が観測されるでしょう。これらのデータは私たちにとって、今回のモデルが正しいかどうかを検証し、ブラックホールをより深く理解するための『実験室』となってくれるはずです」(Daiさん)。

(文:中野太郎)

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