銀河団の中を漂う「はぐれ雲」

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銀河団の中で孤立して漂う、巨大なガス雲が発見された。ガス雲には温度が異なる2種類の成分があり、銀河団中のガスの進化について新たな謎を投げかけている。

【2021年10月14日 すばる望遠鏡

100個程度以上の銀河が集まった構造である銀河団では、銀河同士の間に約1000万度の高温プラズマが満ちている。銀河が銀河団の内部を動くと、高温プラズマを「向かい風」として受け、銀河内の低温ガスが吹き流されて尾ができる。この尾が加熱されて1万度ほどになると、ガスの主成分である水素が陽子と電子に分離してイオンになり、再結合する際に発する光(Hα輝線)で観測できるようになる(参照:「すばる望遠鏡、かみのけ座銀河団に広がった電離水素ガス雲を多数発見」「すばる、銀河からまっすぐにのびる謎の水素ガス雲を発見」)。

形成されたイオンは加熱を続けなければ冷えて低温ガスに戻り、加熱が続くと高温プラズマとなってHα輝線を出さなくなる。そのため、イオンの尾は銀河から流された後に一時的に見える不安定なものであり、元々の銀河のそばに見えるものだと考えられてきた。

ところが、こうした考えを覆す奇妙な天体が、すばる望遠鏡のHα輝線観測によって3.7億光年彼方のしし座銀河団で見つかった。「はぐれ雲(Orphan Cloud)」と名付けられたこの天体は、一番近いと思われる銀河から少なくとも26万光年以上は離れている。ガスが銀河から離れる速度を考えると、少なくとも8000万年もの間、プラズマにもならず冷え切りもせず、銀河団の高温プラズマの中を生き抜いていることになる。

はぐれ雲
すばる望遠鏡の広視野主焦点カメラで撮影した「はぐれ雲」(赤く見えている広がったガス)(提供:M. Yagi/NAOJ)

はぐれ雲に興味を持った米・アラバマ大学ハンツビル校のChong Geさんたちの研究チームは、X線観測や可視光線の分光観測を行った。その結果、はぐれ雲は、はるかに大きく広がった高温のX線ガスのほんの一部であることがわかった。全体としては天の川銀河の大きさを超える巨大なガスの広がりであり、X線を放つ高温ガスとHα輝線を放つイオンという、異なる温度のガスが同居している状態である。

はぐれ雲の周囲
X線(青)とHα(赤)で見た「はぐれ雲」とその周囲。四角が上の図の範囲。右上の銀河ははぐれ雲の「親」ではない。背景の天体(白)は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ(HSC)による観測(提供:Ge et al. 2021)

ガスの運動速度と金属量の解析から、はぐれ雲が確かにしし座銀河団の中にあること、ある程度大きく十分に進化した銀河の中からガスが出たこともわかった。しかし、はぐれ雲のそばに大きな銀河は見当たらず、「親」に相当するような動きの銀河も見つかっていない。一番近くに見える銀河が親ではないこともわかり、はぐれ雲は8000万年よりもさらに長い間、親銀河から離れて銀河団内を漂っていることが示された。このような、異なる温度からなる孤立した天体が銀河団の中で見つかったのは初めてのことだ。

今回の発見は数々の新たな謎をもたらしている。これまでに考えられていた加熱の仕組みでは、はぐれ雲の分光スペクトルを説明できない。周囲を高温ガスに囲まれた中で、様々な温度のガスが同居したまま1億年近く漂っていられる理由も不明である。広がった高温ガスの一部に、それよりも多少温度の低い電離ガスが同居しているという雲の形も説明できていない。

今後は、はぐれ雲のような塊が周りと混ざらずに長期間漂っていられる原理の解明や、はぐれ雲そのものの正体を探るための観測研究が期待される。銀河団や銀河の進化の理解にもつながっていくだろう。